「姉上、本当なんですか? 蔡怜(さいれい)と恋仲なのですか?」
「わたくし、わた……」
「無理に話さなくていいです。頷いてくれれば」
 淑華(しゅくか)姉上はぐしゃぐしゃの泣き顔のままこくんと頷いた。小さな女の子みたいでクールビューティが台無しだ。

「叡(えい)公子はご存じなのですか?」
 眉根を寄せて姉上は、どちらとも返事ができないようだった。
 私は、袖で口元を隠してそっぽを向いている芝嫣(しえん)姉さまに目を向けた。
「芝嫣姉さまはどうやって知ったので?」
「素錦(そきん)よ」
 姉さまは横を向いたまま憎々しげに蔡怜の妹の名を吐き捨てた。

「さっき宮中で公子たちとご一緒したとき、いつもみたいにあいつもくっついて来たのよ。しかも隙あらば叡公子とふたりきりになろうとして。いい加減うっとうしいからガツンと言ってやったのよ。そしたら素錦のやつ、姉が何をしているのか知りもしないでって、思わせぶりなことを言うから、ひっぱたいて白状させたの。まさか、あんな話を聞かされるなんて」

「妹の素錦は仕方ないとして、他に知っている者は?」
「いないんじゃないかしら。素錦は叡公子に知らせたくてうずうずしてたのよ。だから教えてあげたわ。事が発覚すれば蔡怜の家族のあんただってタダでは済まない、叡公子のおそばには二度と侍れないってね」
「なるほど」
 さすが芝嫣姉さま。上出来だ。

「ならば取るべき方法はひとつです。蔡怜と素錦を処分して、なかったことにしましょう」
「駄目よ!」
 淑華姉上がひび割れるような叫びをあげた。
「駄目よ、駄目! 蔡怜がいなくなるなんて駄目! わたくしは彼がいないと駄目なの、彼がいなくては生きていけない」
 え。
「蔡怜を殺すのならわたくしも殺して!」
 ええええ。

 わあああっと泣き出す淑華姉上。
 どうすんだ、これ。
 芝嫣姉さまに目で助けを求めても顔を背けて無視された。
 ええー。メンドクサイな。
 私は仕方なく淑華姉上の前にしゃがみ込んだ。

「姉上、いいですか? 王后(おうごう)としての未来か、蔡怜か。選べるのはひとつだけです。さっき提案したように、なかったことにしてこれまで通りに振る舞うか、身分を捨てて蔡怜と出奔するか。どちらを選びますか?」
 淑華姉上は返事をしなかった。口を開きかけては頬を震わせ、くちびるを噛み締め、その繰り返しだった。

「……」
 私は重く息を吐きだし立ち上がった。
「わかりました。私が決めます。こうなっては姉上はもう棕(そう)家の役に立ちません。蔡怜といなくなってくれたほうがありがたいです。段取りは私がすませますから、姉上はしばらく部屋から出ないでください。芝嫣姉さま、私の部屋でふたりで話しましょう」

「待って、子豫(しよ)!」
「待ちません、事は一刻を争うんですよ。まだ足を引っ張るつもりですか!?」
 ぎゅっときつく眉を寄せてまたほろほろと涙をこぼしながら、淑華姉上は両手で顔を覆った。