それから数日のうちに赬耿(ていこう)は煌(こう)へと戻っていった。
棕(そう)家引き込みの隠密行動はことごとく失敗で、大目玉を食らったりしないのかしら、少しは痛い目にあえばいいのに、と呪わしく思う。
だが、赬耿と話したことで改めて考えた。
俺にもできる、と赬耿が決意したことは父上にも可能なのだ。
出自と実績と実行力。父上にはすべて揃っている。だから煌(こう)は父上を囲い込もうとしているのだと納得もいく。
しかし周囲の警戒はどうあれ、父上が自分で王になることはない。ひたすら主君を助けようとする、父上はそういう方だ。
ならばせめて宰相に、と淑華(しゅくか)姉上が切望する気持ちもわかる。
父上が国の采配を振れば煒(い)は再興する、父上の栄華はここに極まる、姉上はそう夢見ているのだろう。
――それは姉たちもか?
あっけらかんとしている芝嫣(しえん)姉さまはともかく、淑華姉上の考えは気になる。ひとりで思い詰めてしまうところがあるし。
さりげなく姉上と話ができないものかと考えていたある夜。
「子豫(しよ)お嬢様! たいへんです、いらしてください」
芝嫣姉さまの侍女の桂芝(けいし)が私の部屋に駆け込んできた。何事?
連れていかれたのは淑華姉上の部屋で、そこでは目を疑う光景が繰り広げられていた。
「恥を知りなさい、棕淑華! 正気を疑うわ。天子の王后(おうごう)になると息まいてたくせに、なんて恥知らずな真似を」
「わたくしだって、どうしてこんなことになったのか、わからないのよ。自分で自分がわからない……」
「はあ? ふざけないでよっ、情けない。こんな女がわたしの姉上だったなんて。あんたのせいで父上は面目丸つぶれよ、わかってるの!?」
「……っ」
なんだこれ。芝嫣姉さまに叱責されて淑華姉上がさめざめ泣き崩れている。いつもと立ち位置が逆だ。
「えーと……」
「子豫! 聞いてよ!」
私を見るなり芝嫣姉さまが飛びついてきた。
「淑華姉上ったら、蔡怜(さいれい)と密通してたの!」
みっつう。
目を見開く私の目の前で淑華姉上はわっと泣き崩れる。
「泣きたいのはこっちよ! 棕家の栄達とか自信満々だったのはあんたじゃないっ。それをぜんぶ台無しにして……!」
じんわりと目に涙を浮かべて芝嫣姉さまが黙ると、その場はシーンと水を打ったように静まり返った。シクシクと涙する淑華姉上の嗚咽が聞こえる。
「とにかくまず、人払いを。子宇(しう)、桂芝。しばらくの間近くに誰も近づかないよう周囲を見張って」
「はい」
「橘花(きつか)も……」
床に蹲ってしゃくりあげている姉上の背中をさすっていた橘花が、不安そうな表情のまま顔を上げる。
「戸を閉めて、誰も通りかからないよう外で見張って」
「はい……」
侍女たちがいなくなり姉妹三人だけになったところで、私はさて、と姉たちを振り返った。