「これであなたとは後腐れなしですわ。さようなら」
 最初で最後のつもりで膝を屈めて礼をする。
「待ってくれ」
「待ちません」
「お父上のことを思うなら少し話を聞け」
 私たち姉妹にとって父上は特別。足を止めないわけにはいかない。

「煒(い)は滅びる」
 声のトーンを落としもせずに赬耿(ていこう)は断言した。キメ顔のところ悪いが、額が砂で汚れているのが少しおかしい。

 私は笑いをかみ殺しながら頷いた。
「そうですわね」
「逃げるなら今だ。棕(そう)将軍ほどの方なら煌(こう)は喜んで迎え入れる」
「父上の説得があなたの任務なのですね?」
「……そうだ」
「父上は三度主君を変えたりなさらないわ。その覚悟で天子についたはず。本人が難攻不落だからと搦め手から攻めても無駄です。淑華(しゅくか)姉上も芝嫣(しえん)姉さまも私も、父上の決定に従うのみです」

 赬耿は疑わし気に私を見た。
「では、将軍が俺に嫁げと命じれば従ったと?」
「それはそれ、これはこれですわ」
「つくづく、食えない娘だ」
 食えない男に食えないと言われた。

「滅びの道を選ぶというのか? 抗うのではなかったのか?」
「わかってるようで、わかってらっしゃらないのですね」
 くっと私は口角を上げて笑った。
「私は破滅したいのです」
 だって私は〈悪役令嬢〉だから。破滅することが私のすべて。存在意義。
「罵られて断罪を受け、嫌悪の眼差しで見上げられながら命を絶ちたい。それが私のやりたいことですわ」

「よくわからないが、おまえがたいそう歪んでいることはわかった」
「失礼な。私はこれ以上なくまっすぐに希望に向かって進んでいましてよ」
「好き好んで処刑で死にたいヤツがいるとは思えん」
 ですよね。わかってもらおうだなんて思ってない。なのになぜ喋りすぎてしまったのか。

「だが、己の死にざまを人々の目に強烈にやきつけ華々しく散りたいという願望なら少しわかる」
 突然の理解の言葉に、わたしはちょっと目を瞠って赬耿を見上げた。
 赬耿は人の悪い笑みを浮かべながら腰を屈め私の耳元で言った。
「俺がその願望の邪魔をしてやる。おまえを処刑で死なせない、俺が殺してやる」

「……それは、仕返しですか?」
「いいや」
 赬耿は、姿勢を戻し、腕を組んでからから笑った。
「俺は人が嫌がることをするのが好きなんだ。特におまえみたいな人を食った娘の足を引っ張ってやるのは最高だ」
 サイアクだ。二度と会いたくない。

 くるっと踵を返す。背中越しに声が聞こえた。
「助けが必要なときには北門のそばの皮店を訪ねろ」
 無視して一歩を踏み出す。
「おまえは滅びを選ぶというが、それは姉たちもか?」
「……」
「必要なときには迷わず訪ねろ」
 私は、振り向かずに練兵場を後にした。