自分のことは自分で決める、なぜそれができないのか。してはいけないのか。
 世界のせいなんかじゃない、考えることをやめる方が悪い。考えるのがめんどうだというのなら、腹を決めさえすればいい。自分の目的を決め、覚悟を決めるだけのこと。

「〈さだめ〉や〈予言〉という保証がなければ動けませんか? それが絶対だとでも? ならばなぜ天の意志で選ばれたという天子はこれほど落ち目なのですか?」
 人事を尽くして天命を待つ、ときにはそれもいいだろう。が、やることもせずに天命とやらにあぐらをかけばどうなるか。
 赬耿(ていこう)は言われずとも理解しているだろうが。

「私はあなたに嫁ぎたくない。だから抗います。さあ、勝負を決めましょうか」
 時間は十分稼いだ。あいている左手に練り上げていた〈気〉を私は前に突き出す。
「八相星剣(はっそうせいけん)!!」
 橙色に近い金色の靄のような光の中に、八本の剣が浮かび上がった。私の前方で盾のように旋回しながら切っ先を赬耿へと向ける。

「おまえ、方士なのか!?」
 違うけど、私はにやりと笑ってみせた。ハッタリは大事だ。
〈八相星剣〉(ダサい名前)は私が唯一習得できた技だ。これ以上のことも、これ以下のことも、あとは何もできない。が、ハッタリならこれで十分。

 文字通り八方から襲い掛かる金色の剣を赬耿は鮮やかに受け、弾いていく。うん、端から見ても稽古の役に立っているレベルでしかない。
 でも意表を突けたはず。予想外のことが起こると動揺してうまくできていたこともできなくなる、そういうものだ。
 塩梅を見て術を解き、私は手にした剣を真横に構えながら赬耿に接近する。

 軽く息を乱していた赬耿はふっと呼吸を整え横薙ぎの斬撃を予想して手首を返す。
 私は剣を振らずに跳躍し、奴の横面めがけて蹴りを放つ。赬耿はあいている方の掌底で私の足の甲を弾いた。
 反動を利用して宙返りしながら、私は左手を上向ける。はっと赬耿は後ろに飛びのく。しめしめ、ビビッているぞ。

 すたっと着地し、私はすぐさま突きを繰り出した。低く地面を這うように迫る剣先を赬耿はジャンプしてかわした。
 馬鹿め。同じように低い位置で迎え撃たれていたなら、私に次のターンはなかったのに。

 決闘の始め、最初に突きをかわされたときには、私は方向転換し後ろから横薙ぎに剣を返した。その記憶が残っているだろう赬耿は、後ろを警戒しているはずだ。
 そうはいくか。私はつま先をついて真上にジャンプ、赬耿の更に上に飛び跳ね、奴の肩に足を下ろした。

 ぎょっとしている赬耿に肩車してもらうようにすとんと腰を落とす。脚を絡め、ぐいっとひねる。
「!!!」
 わき腹から倒れ込んだ男にのしかかったまま両肩を膝で押さえつける。うつ伏せで地面に沈んでいる男の頬のすく脇に剣を突き立てた。

「……」
 じりっと少しだけ顔を横に向け赬耿が言った。
「降参だ」
「本当に?」
「おまえのような小娘に向かって嘘でも降参だなんて言うか!」
 いやアナタ。言ってることがオカシイです。
 つくづくこの男は感情を乱されると言動がおかしくなるようだ。

 私は剣を抜き、膝でぐりぐりともう一度ダメージを与えてやってから立ち上がった。
 赬耿も起き上がって立ち上がり、髷(まげ)がゆるんで乱れた黒髪を撫でつけた。
「棕(そう)家の末っ子は噂以上に碌でもない……」
 独り言みたいにつぶやいてるけど、わざと聞こえるように言ってます?