武は舞だ。水の流れ、風の向き、草木の芽吹き、炎の煽り。気流に身をまかせ、制する。
幼いころに子豫(しよ)はそう習った。天真爛漫で素直な彼女は〈気〉のコントロールをすぐに身につけ、方術の師匠に絶賛された。
子豫の落ち着きのなさを憂いて静坐(せいざ)による修練を彼女に課していた父上も喜んでいた。
が、悲しいかな。「七つまでは神のうち」ではないが、ライザの記憶が戻ったのと同時に子豫の方術はまるで振るわなくなってしまった。どうしてかしら? ライザの煩悩がいけなかったのかしら??
それでも、姉妹の中では私がいちばん気功が得意だ。幼いころに学習したように剣術に活かすこともできる。
対峙したまま赬耿(ていこう)は動かない。剣を鞘から抜きもしない。こっちが息を詰める瞬間を待っているのか。おあいにくさま。
自然な呼吸のまま私は軽く地面を蹴って奴との間合いを一気に詰めた。わき腹に狙いを定め滑るようにそのまま突く。
鞘から抜かないままの剣を盾にしていなされた。
突撃の勢いを殺さず横をすり抜け、つま先をついて方向転換、後ろから薙ぐ。
振り向いていた赬耿はここで鞘から剣を抜いて応戦。斬り合ってみると奴の一撃はやっぱり重い。
体格だけなら叡(えい)公子とどっこいだったが、見栄えのいい立ち姿はしっかり体幹を鍛えている証拠だ。剣を振る姿勢に揺るぎがない。斬り結ぶと不利になる。
こちらの斬り込みを受けた剣身を滑らせ反動を利用して柄を巻き上げようと試みたが、柔らかく手を返した赬耿は柄をくるっと回して私を引き寄せ、反対の手で剣を握っている私の手首を取りねじりあげ、私を放り投げようとした。
敢えて逆らわず相手の力を利用して跳躍、空中で一回転して体勢を整える。
そこへ容赦ない横薙ぎの一閃。私は上体を後ろにのけぞらせて避ける。
そのまま地面に手をつき後方に回転。
間合いを取ってから、再び一気に詰める。
今度は大きく弧を描くように、低い位置から斬り上げる。
奴は今度も剣を盾にして私の斬撃をはじいた。衝撃で奴の剣先が浮き上がる。
私はその隙に軸足を踏ん張り、体を回転させながら思いきり足払いをかけた。
赬耿は軽く飛び上がって私の蹴りをかわした。裾をさばいて後ろに数歩下がる。
「軽いな。くらっていても倒れなかったぞ」
「じゃあどうして避けたんですの?」
「そなたが痛い思いをするかと気遣った」
「本気で斬りつけておいて何をおっしゃるのやら」
「遊びですんでいるうちに求婚を受けてほしい」
「じゃれあいですますつもりなら最初からこんな要求はしません。あなたはどういうつもりでここにいらしたので?」
「焦らされているのかと」
うざっ。サクッと殺れないだけに。
私は逆手に持ち直した剣を脇に寄せて、対話の意思を示した。
「どうして棕(そう)家の娘を得たいと? 予言のせいですか?」
「他に理由があるとでも?」
憎らしいほど潔く即答して、赬耿も剣を後ろにまわした。
「以前のあなたは煌(こう)王家のために私たちを拐いましたね。今回はご自身のためだと? 姉さまの言葉に唆されましたか」
「確かに、あれで気づかされた。俺にだってできるのだと」
今は冬のはじめ。乾いた寒風に乗って、彼の硬質な声が空に波紋を広げた。
「俺は強大になりたい。王よりも、天子よりも」
静かな分、赬耿の言葉には確かな凄みがあった。
「そうですか。そこまで言うからには、予言なんてあてにしないで勝手にひとりでやればいいんですわ」
言ってから、ものすごく腹が立ってきた。
ああそうか、私は怒りたかったんだ。どいつもこいつも予言に踊らされすぎだ、と。
幼いころに子豫(しよ)はそう習った。天真爛漫で素直な彼女は〈気〉のコントロールをすぐに身につけ、方術の師匠に絶賛された。
子豫の落ち着きのなさを憂いて静坐(せいざ)による修練を彼女に課していた父上も喜んでいた。
が、悲しいかな。「七つまでは神のうち」ではないが、ライザの記憶が戻ったのと同時に子豫の方術はまるで振るわなくなってしまった。どうしてかしら? ライザの煩悩がいけなかったのかしら??
それでも、姉妹の中では私がいちばん気功が得意だ。幼いころに学習したように剣術に活かすこともできる。
対峙したまま赬耿(ていこう)は動かない。剣を鞘から抜きもしない。こっちが息を詰める瞬間を待っているのか。おあいにくさま。
自然な呼吸のまま私は軽く地面を蹴って奴との間合いを一気に詰めた。わき腹に狙いを定め滑るようにそのまま突く。
鞘から抜かないままの剣を盾にしていなされた。
突撃の勢いを殺さず横をすり抜け、つま先をついて方向転換、後ろから薙ぐ。
振り向いていた赬耿はここで鞘から剣を抜いて応戦。斬り合ってみると奴の一撃はやっぱり重い。
体格だけなら叡(えい)公子とどっこいだったが、見栄えのいい立ち姿はしっかり体幹を鍛えている証拠だ。剣を振る姿勢に揺るぎがない。斬り結ぶと不利になる。
こちらの斬り込みを受けた剣身を滑らせ反動を利用して柄を巻き上げようと試みたが、柔らかく手を返した赬耿は柄をくるっと回して私を引き寄せ、反対の手で剣を握っている私の手首を取りねじりあげ、私を放り投げようとした。
敢えて逆らわず相手の力を利用して跳躍、空中で一回転して体勢を整える。
そこへ容赦ない横薙ぎの一閃。私は上体を後ろにのけぞらせて避ける。
そのまま地面に手をつき後方に回転。
間合いを取ってから、再び一気に詰める。
今度は大きく弧を描くように、低い位置から斬り上げる。
奴は今度も剣を盾にして私の斬撃をはじいた。衝撃で奴の剣先が浮き上がる。
私はその隙に軸足を踏ん張り、体を回転させながら思いきり足払いをかけた。
赬耿は軽く飛び上がって私の蹴りをかわした。裾をさばいて後ろに数歩下がる。
「軽いな。くらっていても倒れなかったぞ」
「じゃあどうして避けたんですの?」
「そなたが痛い思いをするかと気遣った」
「本気で斬りつけておいて何をおっしゃるのやら」
「遊びですんでいるうちに求婚を受けてほしい」
「じゃれあいですますつもりなら最初からこんな要求はしません。あなたはどういうつもりでここにいらしたので?」
「焦らされているのかと」
うざっ。サクッと殺れないだけに。
私は逆手に持ち直した剣を脇に寄せて、対話の意思を示した。
「どうして棕(そう)家の娘を得たいと? 予言のせいですか?」
「他に理由があるとでも?」
憎らしいほど潔く即答して、赬耿も剣を後ろにまわした。
「以前のあなたは煌(こう)王家のために私たちを拐いましたね。今回はご自身のためだと? 姉さまの言葉に唆されましたか」
「確かに、あれで気づかされた。俺にだってできるのだと」
今は冬のはじめ。乾いた寒風に乗って、彼の硬質な声が空に波紋を広げた。
「俺は強大になりたい。王よりも、天子よりも」
静かな分、赬耿の言葉には確かな凄みがあった。
「そうですか。そこまで言うからには、予言なんてあてにしないで勝手にひとりでやればいいんですわ」
言ってから、ものすごく腹が立ってきた。
ああそうか、私は怒りたかったんだ。どいつもこいつも予言に踊らされすぎだ、と。