「嫌です、お断りしてください」
「あら、どうして? 仮にも煌(こう)王家の人よ。王になる可能性はあるでしょう、そしたらあんたは王后(おうごう)になれるじゃない」
「王后になりたいって言ってたのは芝嫣(しえん)姉さまじゃないですか。譲ってあげます、どうぞどうぞ」
「わたしは毅(き)公子に決めたの。決めたからには目移りしないわ、みっともない」
「ふたりともやめなさい」
 淑華(しゅくか)姉上にたしなめられ、私と芝嫣姉さまはしゅんとなった。

「父上のお考えは?」
 姉上が水を向けても父上はダンディなお顔をしかめたまま無言でいる。
「……もしかして。煌にいらした頃、赬(てい)様とお知り合いでしたか?」
 淑華姉上が質問する。
 父上は重く息を吐きだしてからようやく話し始めた。
「煌に仕えていたとき、宮中の公子たちに剣術の指導をしたことがあった。末端の幼い公子たちの中に赬耿(ていこう)殿もいたらしい」
「父上は覚えてらっしゃらないので?」
「うん……だから不気味で」

 上手く言葉にできない気がかりがあるらしく、父上は的確な言葉が出てこない、というふうにそれだけ言ってまた黙ってしまった。
 だけど私には父上が発した「不気味」という表現がとてもしっくりきていた。
 同じ場面、同じ相手にさえ、そのときどきでがらりと態度を変える、赬耿は不気味だし得体が知れない。なるべく相手にしたくない。

「父上、お断りしてください」
「もちろんその場で断ったさ」
 良かったとほっとしたのもつかの間、父上は言いにくそうに口をもごもごしている。ああ、なるほど、と私は察する。
「言いくるめられてしまいましたか」
 あの男は口がよく回る。朴訥な父上などすぐ丸め込まれてしまうだろう。

「すまない。決めるのは子豫(しよ)だから、と逃げるのがやっとだった」
「十分です、ありがとうございます」
 そうだ。決めるのは私なのだから。
「父上。赬耿様にお伝えください。子豫は自分より弱い殿方に嫁ぐ気はありません。求婚するなら、剣で子豫に勝ってからにしてください、と」




 数日後、将軍府の練兵場で私は赬耿と向かい合っていた。
 赬耿は上着を羽織らず飾り気のない軽装で、剣を持っていた。こちらの意図は伝わっているようで安心した。

「本当によろしいので? お嬢様」
「その話し方、気持ち悪いです」
 鞘から剣を抜きながら私はぶっきらぼうに答えた。
「あのときのように話してくださってけっこうです」
「……そなたはその慇懃無礼な物言いの方が本性のようだな」
「ええ、そのとおりですわ」
 くっと口角を上げ、私は剣を構えた。
「わかっていただけて嬉しいです」