聞き覚えのあるセリフと声だ。
まさか、と頭の中をクエスチョンとエクスクラメーションマークが飛び交う。
「使者殿」
男に呼びかけながら叡(えい)公子が出てきたので、私は場所を譲って後ろに下がる。見ると、淑華(しゅくか)姉上と並んで控えている芝嫣(しえん)姉さまが、袖で口元をおさえながら男を凝視している。
「公子たちがお出かけと知り、わたくしも棕(そう)家の救済園を拝見したいと駆けつけたのですが遅かったようですね」
「ははは、いや。取り立てて特別なことは何も。手厚い支援に王家として感謝を述べに来ただけで」
裏を感じさせない見事な笑顔で叡公子は男をかわす。この人はこういう術(すべ)は素晴らしい。
「王位継承決定の見届けにわざわざ煌(こう)から来た使者殿だ」
淑華姉上に向かって叡公子は男を紹介する。
慎ましく礼をする姉上に男は感じよく微笑む。そして名乗った。
「赬耿(ていこう)です。棕将軍のお嬢様方にご挨拶を」
「棕淑華です」
普段なら続いて自己紹介するところだが、私も芝嫣姉さまもじとーっと赬耿を見やったまま突っ立っていた。よくも抜け抜けと初対面のように振舞っているな、という心境だ。
あの一件は一応は宮廷に報告されているはずなのに、赬耿(ていこう)はまるで悪びれていない。
煒(い)がどれだけ煌(こう)に押されているか、お察しというやつだ。壅(よう)の侵攻が再びあるかもしれないのに、煌(こう)まで敵に回せないものな。
だからって誘拐犯を相手に愛想よくするつもりはなく、八方美人の芝嫣姉さまさえそっぽを向いて赬耿を無視した。
赬耿は気にするようすもなく自然に公子ふたりと会話を続け、連れ立って宮殿へ戻ろうとそれぞれの馬車へと乗り込んだ。
一行の馬車を見送り、私たちだけになったところで、芝嫣姉さまが憎々しげに吐き捨てた。
「なんなのあの男、澄ました顔して。わたしたちをあんな目に合わせたくせに」
「あんな顔だったんですね」
「顔がいいから余計に腹が立つ」
「芝嫣姉さまは嫁ぎたいとまで言ってましたもんね」
「それはあんたでしょう!?」
「捏造はやめてください」
言い合う私たちをよそに、淑華姉上は難しい表情でまだ道の向こうを見やっている。
「あれが赬耿……、確かに油断ならない人物ね」
「使者って、ようは間者でしょ!?」
「叡公子は警戒してらしたわね」
「嫌だわ、早く帰ってほしい」
まるで歓迎されていない使者殿は、ところがこちらの忌避感など意に介さず爆弾を落としてきた。
「子豫(しよ)さま。旦那様がお呼びです」
夜、呼ばれて向かってみれば、父上の書斎に姉上たちもそろっていた。
「みなに相談がある」
父上が難しい顔つきで口を開いた。
「煌の赬耿殿から個人的な申し入れがあった。子豫に求婚したいと」
まさか、と頭の中をクエスチョンとエクスクラメーションマークが飛び交う。
「使者殿」
男に呼びかけながら叡(えい)公子が出てきたので、私は場所を譲って後ろに下がる。見ると、淑華(しゅくか)姉上と並んで控えている芝嫣(しえん)姉さまが、袖で口元をおさえながら男を凝視している。
「公子たちがお出かけと知り、わたくしも棕(そう)家の救済園を拝見したいと駆けつけたのですが遅かったようですね」
「ははは、いや。取り立てて特別なことは何も。手厚い支援に王家として感謝を述べに来ただけで」
裏を感じさせない見事な笑顔で叡公子は男をかわす。この人はこういう術(すべ)は素晴らしい。
「王位継承決定の見届けにわざわざ煌(こう)から来た使者殿だ」
淑華姉上に向かって叡公子は男を紹介する。
慎ましく礼をする姉上に男は感じよく微笑む。そして名乗った。
「赬耿(ていこう)です。棕将軍のお嬢様方にご挨拶を」
「棕淑華です」
普段なら続いて自己紹介するところだが、私も芝嫣姉さまもじとーっと赬耿を見やったまま突っ立っていた。よくも抜け抜けと初対面のように振舞っているな、という心境だ。
あの一件は一応は宮廷に報告されているはずなのに、赬耿(ていこう)はまるで悪びれていない。
煒(い)がどれだけ煌(こう)に押されているか、お察しというやつだ。壅(よう)の侵攻が再びあるかもしれないのに、煌(こう)まで敵に回せないものな。
だからって誘拐犯を相手に愛想よくするつもりはなく、八方美人の芝嫣姉さまさえそっぽを向いて赬耿を無視した。
赬耿は気にするようすもなく自然に公子ふたりと会話を続け、連れ立って宮殿へ戻ろうとそれぞれの馬車へと乗り込んだ。
一行の馬車を見送り、私たちだけになったところで、芝嫣姉さまが憎々しげに吐き捨てた。
「なんなのあの男、澄ました顔して。わたしたちをあんな目に合わせたくせに」
「あんな顔だったんですね」
「顔がいいから余計に腹が立つ」
「芝嫣姉さまは嫁ぎたいとまで言ってましたもんね」
「それはあんたでしょう!?」
「捏造はやめてください」
言い合う私たちをよそに、淑華姉上は難しい表情でまだ道の向こうを見やっている。
「あれが赬耿……、確かに油断ならない人物ね」
「使者って、ようは間者でしょ!?」
「叡公子は警戒してらしたわね」
「嫌だわ、早く帰ってほしい」
まるで歓迎されていない使者殿は、ところがこちらの忌避感など意に介さず爆弾を落としてきた。
「子豫(しよ)さま。旦那様がお呼びです」
夜、呼ばれて向かってみれば、父上の書斎に姉上たちもそろっていた。
「みなに相談がある」
父上が難しい顔つきで口を開いた。
「煌の赬耿殿から個人的な申し入れがあった。子豫に求婚したいと」