淑華(しゅくか)姉上と叡(えい)公子の婚約が内定し、王位天子継承と成婚の儀式の準備が進められている中。
今日は都で評判の棕(そう)家の救済園を見ておこうと公子たちがみえられたのだ。
ここで行っている炊き出し自体は珍しいことではない。他の廷臣や都の富裕層も、おもに人気取りのために炊き出しをしている。
が、我が家のように小規模な集落のように場所をかまえているのは他にはない。
炊き出しのほかに、集まった人たちの手で日用品やちょっとした装飾品を製作して売りに出るという職業訓練的なこともしているし、公子ふたりが見たかったのは志願者たちへの軍事訓練だろう。
もともとは、辺境の邑(ゆう)でも同様のことを行っていた。ならず者や盗賊が襲ってくることがあったから、救済園に住み込んでいた人たちが自警のために訓練を望んだのだ。
都へと同行してきた使用人のほとんどは救済園で実務を担っていた者たちで、経験がある彼らのおかげで新救済園の経営はすぐに軌道に乗った。
戦火を逃れて他国からやって来た難民も受け入れ、規模はどんどん大きくなっている。
実のところ、こうして各地から集まってくる人たちの証言は貴重な情報であるのだ。
そして衣食住を与え生活を保障すれば、彼らは感謝して棕(そう)家のために動くようになる。物を売り歩きながら見聞きしたことをつぶさに報告するようにもなる。
もちろんそこまでのことを公子たちには説明しない。ただ表面だけを案内していく。
即席の練兵場で槍を突き出したり楯を組む練習をしている庶民を目にして、毅(き)公子が唸った。
「軍の修練と変わらない。本格的だな」
「全員、棕家の私兵ということか」
叡(えい)公子がつぶやくと、淑華姉上はすぐさま膝を屈め頭を垂れた。
「ひいては王家の兵士ですわ」
叡公子はご満悦な表情で先に立ってきびすを返した。毅公子と違い訓練の中身には興味はないらしい。
慌てて付き従おうとした淑華姉上が少しよろけた。ちょうど傍らに控えていた蔡怜(さいれい)が姉上に手を差し出した。
淑華姉上は、蔡怜の手を握り体を支えた。目を伏せたまま、すぐに叡公子の後を追う。
それだけのことだった。のだけど、意外に思った。姉上が異性の従者の手を取るなんて。
目を上げれば、素錦(そきん)も一部始終を見ていたようで、私たちは知らず知らずのうちに無表情で顔を見合わせていた。
そんな微細な出来事は、次に起こった衝撃で、頭の中からふきとんでしまったのだが。
門前が騒がしくなり、新たに馬車が到着したと知らされた。誰が来たのか見当もつかない。
出迎えに出てみれば、そこには黒い上着を纏った姿のいい男が佇んでいた。出てきた私を目にして男は目を細める。
赤い刺繍が施してある袖口を上げ、礼をしながら男は言った。
「棕将軍のお嬢様ですね」