「子豫(しよ)さま! 早く着替えてくださらないと」
私の部屋では侍女の子宇(しう)が上着や装飾品を広げて待ち構えていた。
「着替えなんてしなくていいわ。どうせ私のことなんて誰も気にしないもの」
「そんなことおっしゃって」
「だってそうでしょう? 叡(えい)公子は淑華(しゅくか)姉上しか見てないし、毅(き)公子のお目当ては芝嫣(しえん)姉さまだし」
「蔡(さい)素錦(そきん)様も来るのですよね。あの方に馬鹿にされたらどうします」
「それは確かに」
私が肩をすくめると、子宇はいそいそと私を鏡の前に座らせ髪を結い直した。
そこへ芝嫣姉さまが走ってきたから何かと思う。
「ねえ、子豫。その花の髪留めを貸して」
ちょうど子宇が私の髷(まげ)にさそうとしていたかんざしを指差して言う。
「こちらは芝嫣さまには幼すぎませんか?」
「だからいいのよ。毅公子は何も知らない子どもみたいな女がお好みなんだもの」
「子宇、いいから姉さまにわたして」
素直に子宇がかんざしを差し出すと芝嫣姉さまは上機嫌で戻っていった。
「もう、子豫さまったら」
「髪留めなんてなんだっていいわ。救済園へ行くのに着飾るなんておかしいし」
今日はふたりの公子を棕(そう)家が経営するいわゆる救貧院へと案内することになっていた。
子宇をなだめて最低限の身繕いですませ、淑華姉上たちと合流して西の城門近くの救済園へ向かった。
現地で管理係をしている棕家の使用人と打ち合わせしていると公子たちの馬車が到着したと知らせがきた。
門前へ出て三人そろってお出迎えする。まずやって来た叡(えい)公子が嬉しそうに淑華姉上に近づいた。
叡公子は天子の嫡長子で順番的には最も次期天子に近い方だ。温厚そのものな甘いマスクの美男子で、柔和な微笑みをいつも絶やさず都の令嬢や庶民からの人気も高い。
彼は今では淑華姉上に夢中で、隣にいる芝嫣姉さまや私には目もくれない。公子の後ろに素錦がぴったり付き従っていたのだがそれには気づくようすもない。
無理もない、淑華姉上の美貌は都へ来てから天井知らずに磨きがかかり、女神さまもかくやという美しさだ。今も優しく公子に笑いかけ、彼の心をこれでもかと蕩けさせている。クールビューティな姉上の笑顔はそれだけ破壊力があるのだ。
にしたって見ているこっちが胸やけがする。嫉妬で青筋をびきびきさせている素錦の顔を観察する方がおもしろいわ。
続いて毅(き)公子が現れ、芝嫣姉さまがしとやかに挨拶するのに鷹揚に応え、私にも言葉をかけた。
毅公子は叡公子の弟だ。兄より恰幅のいい体つきと武人の風采で、ワイルドな魅力がウリのやはり美男子だ。
ふたりの生母の王后(おうごう)は当然のように美女であるし、天子も老いて容色が衰えたとはいえ若かりし頃は美男であったようだから、物語のお約束的にも王族は美形なのだ、やっぱり。