二日後、「早く都の方々と仲良くなっていろいろ教えていただきたい」と淑華(しゅくか)姉上は都の長官の娘ととりまきの令嬢たちを将軍府に招待した。
 ひたすら下手に出て高価なお茶や果物をふるまい、令嬢たちをおだてて場をわかせ、そしておもむろに無茶ぶりをしだした。

「わたくしたちは辺境育ちですから芸の嗜みにうとくて。みなさまにお手本をお見せいただいて、どれほど精進しなくてはならないのか確認したいですわ」
 あら、いいわよ、と顎をつんと上げた都の長官の娘――蔡(さい)素錦(そきん)が琴を演奏すると、
「申し訳ありません、その琴は音が狂っているようだわ。芝嫣(しえん)、あなたが弾いて確認して」
「はい。姉上」

 しとやかに返事をして進み出た芝嫣姉さまが演奏を始めると、素錦とのあまりの音の違いに令嬢たちは素で驚いていた。
 同じ琴を弾いているのに芝嫣姉さまの音は伸びやかで情感豊かだ。当たり前だ、芝嫣姉さまは楽器の演奏も踊りも得意なのだから。

 続けて淑華姉上は、都では今どんな詩歌が歌われているのかと令嬢たちに質問した。あら、そんなの、とやはり素錦が真っ先にそらんじてみせたが、その詩は一昔前のスタンダードといえるもので情報として古すぎた。
 淑華姉上は「わたくしが披露しても?」と微笑み、煌(こう)の人から教えてもらったのだと長めの歌謡を詠った。

 素錦がそらんじた詩も庶民にまで愛されている素朴さがウリの名作だが、淑華姉上が披露したのは煌の王族のだれそれが作ったもので、神話的な情景描写が美しく詠われている。
 令嬢たちはすっかり聞きほれて感嘆のため息をついていた。

 最後に姉上は、お友だちになった記念に、と令嬢たちに自ら刺繍を施した手巾をプレゼントした。
「田舎者ですから野の花しか知らなくて」
 謙遜しつつ、ひとつひとつ違った種類の草花が色彩豊かに刺されているのだからそれは見事だ。
 令嬢たちは「素敵!」「どうしたらこんなにうまくできるのでしょう?」「教えていただきたいですわ」とお追従を口にしながら好きな柄を選んでいた。

 彼女たちのボス気取りだった素錦はすっかりへそを曲げたようすでムスっとしている。芝嫣姉さまはそれはそれは意地の悪い顔つきで素錦を見て笑っていた。




 こうして都の令嬢たちを掌握した数日後には、私たち三人はそろって宮殿の王后(おうごう)のもとに伺候した。
 女主人がいない屋敷で、娘たちだけで家内を差配していることを気遣い感心し、棕(そう)家の姉妹をねぎらうという名目で呼ばれたのだ。

 しばしの歓談の後、偶然王后にあいさつにみえられた、という形式でふたりの公子がやってきた。王后が産んだ天子の嫡子であり、次期天子候補と目されているふたりだ。

 そろって膝を屈めて礼をしながら、私たち姉妹の心は一つのようでいて当然違っていた。
 淑華姉上はいよいよだと瞳を光らせていただろう。
 芝嫣姉さまは、姉上に譲るとは言ったものの、公子たちの美々しい姿に気持ちを揺らしていただろう。
 私は、いまだ自分の役柄を把握できずにとまどったまま。
 
 そして、都での一年があっという間にすぎた。