その後の旅程は順調で、私たちはようやく煒(い)国の都にたどり着いた。
堅牢な城壁の短いトンネルのような門をくぐり抜ければ、そこは馬車が数台並走できるほど広い道幅の大路だった。
身なりが少しずつ異なる多彩な出自や階級の人々、見たことのない品物を運ぶ荷車が行き交う光景に最初は感嘆したけれど、すぐに違和感に気が付いた。
一見賑わっているように見えても、街の空気や人々の顔に活気がない。ものは少ないし砂埃に汚れながらの生活でも、辺境の人々の方がずっとずっとエネルギッシュだった。
比べて都は、華やかではあってもどこかくすんだ空気が漂っている。こうやって衰退していく国もあるのだ。
一方、衣類を略奪されたのを口実に父上に新しい着物をねだった芝嫣(しえん)姉さまは、早く買い物に行きたいと目を輝かせ、淑華(しゅくか)姉上も珍しく落ち着かないようすで馬車の覆いの隙間から前方を仰ぎ見ていた。
大路の真正面。そこには瓦屋根が荘厳な宮殿がでんと鎮座していた。煒(い)国王であり現天子の居城だ。
はしゃぐでもなく気圧されるでもなく、ただ泰然と姉上は宮殿を見つめていた。
宮中に出仕した父上は盛虎(せいこ)将軍という称号を得て将軍府をかまえ、私たちもその屋敷で暮らすことになっていた。
なんですか、盛虎って。だっさ。私は失笑せずにいられなかったが、淑華姉上はあからさまに不快感を表してぶつぶつ怒っていた。
「虎とつく称号をもらえば喜ぶとでも思ってるのかしら。とんでもないわ、父上は勇猛なだけじゃない。知識も教養もあって内政にも明るいわ。宰相こそが父上に相応しいのよ」
――わたくしたち三人で棕(そう)家の栄達を成し遂げるのよ。
棕家の栄達、と姉上の口から聞いたとき、確信した。
淑華姉上の目標は〈女子の栄達〉にとどまらない。姉上が産んだ子どもが天子になれば父上は天子の祖父として権勢を手にすることができる。姉上が夢見ているのは父上の栄華なのだ。
ファザコンの淑華姉上らしい。でも父上本人はそれを望むのか? とてもそうは思えなかったけれど、姉上に指摘することはできなかった。
さっそく買い物に出かけた芝嫣姉さまは、都の長官の娘だとかに行く先々でからまれた。
どこの田舎者なの、みっともない、洗練された都の品の良さなどわからないだろう、店の迷惑になるからさっさと帰れ、と。
飛ぶ鳥落とす勢いの盛虎将軍(笑)の娘だと知ってケンカを売ってきたのである、もちろん。そして売られる前からケンカを買うタイプの芝嫣姉さまが安っぽい挑発を流すわけもない。
が、芝嫣姉さまの侍女の桂芝(けいし)がどうにかこうにか姉さまを宥めた。都に来たばかりで騒動を起こすのはまずい、やり返すのならば態勢を整えてからの方が良いでしょう、と。さすが桂芝。
そうして屋敷に戻った芝嫣姉さまはあざとく淑華姉上に泣きついた。父上には告げ口しないあたりがやっぱり芝嫣姉さまだ。
そんなこんなを承知の上で「わたくしにまかせなさい」と引き受ける淑華姉上もさすがであって。