「父上が天子様からのお誘いを素直に受けていらしたら、わたしたちはとっくの昔に都で華やかに暮らしてたわけよね」
 旅支度に忙しい淑華(しゅくか)姉上と私の傍らで、芝嫣(しえん)姉さまは悠々とナツメをつまみながらおしゃべりしている。
 ていうかその干したナツメ、旅のお供に用意したものなはずだけど。淑華姉上が何も言わないから私も黙っているけれど。

「父上のお考えに間違いなどないわ。今が都に向かうべきときなのよ」
 淡々と応じる淑華姉上の父上リスペクトぶりには引いてしまうこともあるけれど、私もおおむね同意見ではある。

 およそ十年前の変事の際。壅(よう)王の軍勢から逃げ惑う天子を救いに駆けつけた父上は、率いてきた兵に天子を守らせつつ、占領された都を無理に取り戻そうとはせずに持久戦をしかけた。敵の兵糧切れを待ったのである。

 壅の国土は開墾の難しい荒れ地の多い土地柄で、作物が豊かではない。それなのに農地開拓に注力すべき国費を壅王は軍事力に使い果たしてしまった。そこまでして天子の位に執着する壅王に対する国内の不満はもちろん多く、いつまでも兵を派遣しておけるはずもない。

 ほどなく撤退を始めた壅軍を、父上はここぞとばかりに追撃し国境の向こうへと叩き出した。
 兵数は激減、国内はぼろぼろ。むこう十数年は壅はおとなしくなるだろうと予想された。

 天子は父上の兵に守られながら都へ帰還。慌ててご機嫌伺にやって来た諸侯たちに嫌味を投げかけつつ父上を絶賛した。
 ここでまた父上は様々な決断に迫られることになる。引き連れてきた配下共々、煌(こう)から離脱し煒(い)に帰属するのは確定事項として、それ以上の天子からの厚遇を父上は拒んだ。都で要職に就くことを避け、辺境警備の職を求めたのである。

 こうして私たち姉妹は、壅と煌の国境に近く、更には小さな山脈を挟んでいるとはいえ、北方の遊牧民が侵入してくる危険もある国境地帯で幼少期を過ごした。
 都から見るとイナカだろうが、人々が居住する邑(ゆう)は城壁も内部の通りも整備され、市場も賑やかで十分に快適な暮らしだった。その分、盗賊集団の襲撃なんて当たり前、城外に出かければ他国の斥候部隊とばったり、なんてのも当たり前だったけれど。

 そんな環境でたくましく育った私たち姉妹をよそに、私たちの生母はひとり、またひとりと早死にしてしまった。最後に私の母親が亡くなったとき、父上は嘆き疲れた様子で、自分の決断を悔いているふうでもあった。

 だが。派手好きで都暮らしに憧れる芝嫣姉さまはともかく、淑華姉上と私は父上が間違っていたとは思わない。口先だけの天子の言葉に乗せられてあのまま都に留まっていれば、清廉潔白な父上はあっという間に権力闘争の餌食になっていたことだろう。辺境に引っ込んだからこそここまで力を蓄えることができたのだ。

 そして今。再三にわたる天子の懇願に応じ、父上はいよいよ都へ出ることを決めたのだ。
 私たちには年の離れた兄が四人いるけど、やはりそれぞれ辺境に領地をもらい基盤を確実なものにしつつある。父上のもとに居るのは私たち三姉妹だけ。父上は私たち姉妹を連れて都へ行く。
 それはつまり、父上の念頭にはいつもあの予言があるからに違いない。

「ねえねえ、子豫(しよ)。わたしの荷物もまとめておいて」
「いやです」
「ま、生意気なんだから!」
「それはそうと芝嫣、あなたの分のナツメはそれで最後よ。都に着くまであなたはおやつ抜きね」
「ええー、そんなぁ。あねうえー」
 甘えた声を出す芝嫣姉さまをまるっと無視し、部屋から出た淑華姉上は庇の下から辺境の青空へと視線を向けていた。

 ――女子の栄達を願うならば…………