「わ、わたくし……」
 ぼろっと、大粒の涙を落としながらシルヴィーは言葉をつむごうとしている。
「わ、わたし……」
 ああ、いらいらする。言いたいこともすらすら話せないどんくさい娘がヒロインだなんて。

「あなたのそういうところがわたくし大嫌い。そのくせなあに? 殿方に好意を寄せられたからって自信満々になって厚かましくみなさんの前に出てくるだなんて、どうかしてるとしか思えないわ」
「あ……」
「まさかご自分のほうがわたくしやギーズ公爵令嬢方よりも優れているとでも勘違いしてらっしゃるの?」
「そ、そんなこと……」
「あらあら、自信も覚悟もなく人のものに手を出すだなんて、やっぱりどうかしてますわ」
 ああ言えばこう言うでたたみかけるわたくしの前で、シルヴィーはじっとりと汗を浮かべて黙り込んだ。

「ほら、まただんまり。ねえシルヴィー様、あなたって本当に考えが浅いのよ。受け身でいれば自分は悪くないとでも思って? 勝手に思われるだけならば責任はないと? ご自分の態度を鏡に映してご覧になってみなさいな。どれだけみなさんに不快な思いをさせているか少しはおわかりになるでしょうよ」
 今やシルヴィーは塩をかけられたナメクジのようにみるみる小さくなって風前の灯火な面持ちだ。あらあら意気地のない。

 かと思いきや。
「で、でも、こんな、わたくしでも、アンリ様はそのままでいいんだって言ってくださいました、君といると安心するって……」
 馬鹿め!! それこそ浮気男の常套句ではないか!
 ぐわっと目を見開いて睨み据えてやると、シルヴィーはびくっと飛び上がった。それでもへどもどと言い募る。

「わ、わたくし、イ、イザベル様に好かれてないのは、百も承知です。でも、アンリ様がわたくしを望んでくださるのでしたら、イザベル様に責められるのくらい、へ、平気です」
「シルヴィー、あなたは何もわかってないわ。わたくしは最初になんて言った? 0か1か。あなたかわたくしか、殿下が選ぶのは一人きりなのよ? あなたはわたくしを押しのけてアンリ様の妃として国母になる覚悟があるの?」
「そ、それは……」
「あなたを責めるのはわたくしだけじゃないわ。この国のすべての者からあなたは品定めされ批判されるの。玉座の隣に並び立つってそういうことよ? わかってる? ああそうね、よくご存じだからその責任から逃れようと必死なのよね」
「わたくしは、ただ、ア、アンリ様がわたくしを……」
「王子を言い訳にするのはもうおよしなさい!」
 隠しようもなく苛立ってわたくしはぴしゃりと声で鞭打った。

 王子に愛されている、だから何? それってそんなに価値があること? 男に愛されなくちゃ価値がないってこと? 愛がなければ生きられないとでも? 馬鹿言わないで!
 わたくしは誰にも愛されていない、わたしは誰にも愛されなかった、わたしを誰も愛さなかった。だから何? だからってわたしはわたしを見下さない。価値がないだなんて思わない、自分の価値は自分で決める。男に値札をぶら下げられるのも、男の値札になるのもまっぴらごめんだわ。男の後ろに隠れて頭の中を砂糖水でふやかしている娘を見るのもね!

 シルヴィーをぴたっと睨み据えながら、わたくしは扇子の親骨から仕込みナイフをすっと取り出した。