建物の中央を貫く大廊下の奥、特にきらびやかな大広間ではエレガントに着飾った紳士淑女たちがさざめいていた。少し観察してみれば、ひとりの少女が特に衆目を集めていることに気がつく。
 元々の素材はいいのだから、淑女の立ち居振る舞いが板についておどおどした態度がなくなればこうなることはわかっていた。シルヴィーは今、自信と高揚とに頬を上気させ、瞳にきらきらと広場のきらめきを反射させていた。

 誰のおかげで行儀を良くできたと思っているのかしら? 教師が良かったからよ。それを忘れて自分が主役のつもりなのかしら、図々しいわね。
 わたくしはスッと背筋を伸ばし、堂々とシルヴィーへと近づいた。

「ごきげんよう、シルヴィー様。今夜は一段とうるわしくていらっしゃるわね」
「ご、ごきげんよう。イザベル様……」
 あらあら、さっきまでの態度の大きさはどこへやら。また怯えた蛙みたいになってしまって。
「アンリ殿下にご挨拶なさいまして?」
「い、いえ……」
「一緒に行きましょう」
 するっと腕を絡ませていざなうとシルヴィーは体を固くして後についてきた。

「ねえ、シルヴィー様。わたくし今宵こそ殿下にはっきりしていただこうと思いますの」
「へ……」
「あなたは側室でいいなんて言うけれど、そんなことわたくしが許すとお思い?」
 びきっと、磨き込まれた床に接着されたようにシルヴィーの足が止まった。
「わたくしがそんなに寛容とでも思って?」
「え、は……」
「仲良しこよしでひとつのものを誰かと共有するなんて冗談じゃありませんわ。0か1かでないと気がすみませんの」
「ふ、え」
「わたくしではなくあなたのものになるのでしたら、それでもいいの。でもそれなら、壊れようがどうなろうがわたくしの知ったことではないわ。わたくしのものではないのだから」

 頬を寄せて耳元で囁きかけると、シルヴィーは涙の膜が張った瞳でわたくしをまともに見つめた。
「どうして……っ」
 わなわなと震える口からようやく言葉が飛び出した。
「いらないくせにっ」
「あら? 誰がいらないなんて言いまして?」
「い、いるんだったら、どうしてもっと優しく、してさしあげないんですか!?」
「いるとも言ってませんわよ?」
「な……」

「お馬鹿さんね、シルヴィー」
 閉じた扇子の先でこつんとシルヴィーのおでこを小突き、そのまま顔の輪郭をなぞり下ろして顎を持ち上げる。ルカも褒めてくれた扇子顎クイだ。
「たとえいらないものでも、人に奪われるとなったら惜しくなる、そういうものでしょう?」
 声もなく口をぱくぱくさせるシルヴィーの目を覗き込みながらわたくしはさらに声をひそめた。
「それにね。わたくし、あなたのこと大嫌いなの。子どもの頃からずうっと。知ってらしたわよね? シルヴィー様」