宴の夕べ、王室の馬車でわたくしを迎えにきたアンリは見るからに不機嫌そうだった。眉間にしわを寄せ口を引き結んだままうんともすんとも声を発しなかった。わたくしもおしゃべりをする気分ではなかったのでちょうどよかった。
石畳の街並みから街路樹が茂る郊外へ。馬の足の速度に合わせてすぎていく風景へと目を向けながらわたくしはシャルル殿下との会話を思い出していた。
この国を乗っ取ってしまおうか? そんな戯言をおっしゃられた後、シャルル殿下は「でも駄目だね」と憂いた顔つきをなさった。
「わたしたちのように目的がそれしかない者は手に入れてもすぐに放り出してしまうから」
「わたしたち?」
「あなたもそうだろう?」
「そうですわね。わたくしの目的はひとつですもの」
「わたしもだよ、それ以外の暇つぶしなんてどうせすぐに飽きてしまう。だからね、他人がどう言おうと、自分が国主などというものに向いていないとよくわかってるんだ」
「アンリは向いているとお思いで?」
「向き不向きでいえばね。能力の程度はまあ、今は平時だからあれくらいでちょうどいいともいえるだろう」
確かに。何しろ今、この世界は平和だ。ルカにリクエストすれば今度は乱世の世界に行かせてもらえるだろうか。
つらつらと考えているうちに馬車は西の離宮に到着した。
この離宮は隣国から嫁いでいらした王太后さまのお好みで外国風に建築された宮殿だ。主が身罷られてからは迎賓館として使用され、今夜のように王室主催の宴の会場となることもある。
この宮殿に入ることができるのはステータスであり、今夜もまさにこの国を形づくっている人々の代表が集っているのだった。
舞台は上々。〈イザベル〉の終焉には打ってつけの夜だわ。馬車を降りたわたくしはツンと顎を上げて胸をはり堂々と会場へと入場した。今夜は、第一王子アンリの婚約者として堂々と。最初で最後の晴れ舞台だもの。
シャルル殿下は既に王太弟を廃された。王位第一継承権は今やアンリのものだと聞き及んでいる人たちがアンリにお祝いの言葉をかけてくる。妃も得て、アンリの前途は洋々だとみなが祝福する。
ふふふ、はたしてそうなのかしら。この場でわたくしだけが若い王子の運命を阻めることが楽しくてしかたない。先のこと? 知ったことではないわ。わたくしはこの舞台で愛し合うふたりをぐちゃぐちゃにしてやりたいだけ。
愛し合う? いいえ、違うわね。たかだか恋愛ごっこに悦に入っているバカモノどもに思い知らせてやるのよ。うふふ。