翌日、さっそくボリュー伯爵家へと乗り込み、シルヴィーを秘密の特訓場へとご招待してさしあげた。
泊まり込みでのレッスンになるからと伯爵家のメイドにシルヴィーの荷物を支度させていると、ボリュー伯爵が「お許しください。どうかお慈悲を!」とかよくわからないことを口走りながら駆けつけてきたけれど、「大切な娘が笑い者になったままでいいの? あわよくば妃になれるならと伯爵だって皮算用してるのでしょうに」とジャブを打ってけん制すると伯爵は青い顔をして震え上がった。家柄と人柄だけが取り柄の人畜無害なお方なのだ、わたくしの敵ではない。
父親がおとなしく引き下がるのを目にしたシルヴィーはもはやこれまでと覚悟したのか、素直に馬車に乗り込み隠れ家へと運ばれてくれた。我がニーム公爵家へ連れていっても、事態を聞きつけたアンリたちがやって来てうるさいだろうから。こういうこともあろうかと、コツコツ貯めたお小遣いで家を買っておいてよかったわ。
さあ、これから寝食を共にしてみっちりお妃教育をしてあげるのよ、ありがたく思いなさい。わたくしはうきうきと張り切って教鞭をとったのだが、シルヴィーは初っ端から音を上げて泣き始めた。
「それ、馬用の鞭ですよね!」
あら失礼。
わたくしがボリュー伯爵令嬢を拉致監禁していたぶっているらしいと社交界では大した話題になっているらしいけれど、ええまあ、内実は変わらなかった。特訓の手伝いに来てくれたギーズ公爵令嬢が「どうみなさまにお伝えすれば」と困惑していたので「見たままを話してちょうだい」と言っておいた。
カーテンにしがみついておいおい泣いているシルヴィーの首根っこをつかんで立たせる。
「さあ、もう一度ギーズ公爵令嬢のお手本をよくご覧になって。淑女の礼は今日で完璧にするのよ」
「わ、わたくし、完璧にやってるつもりです、ど、どこを直せばいいのか……」
「何度言ったらわかるの? 米つきバッタみたいなそんなお辞儀じゃ、笑われるだけよ! 頭を下げながらも相手に敬意を抱かせる、それができて初めて高貴な身分でいられるのよ」
「だ、だったらわたくし、高貴な身分になんてなれなくていいですっ」
また始まった。わたくしは激しく舌打ちしてシルヴィーを睨みつけた。
「黙らっしゃい!!」
ここに来て何度目ともしれない雷を落としてやる。震え上がったシルヴィーは助けを求めるようにギーズ公爵令嬢に目をやったけれど、不愉快そうな眼差しを返されてしまい、しゅんとうなだれた。
それはそうだ。シルヴィーの言い分は甘えでしかない。わたくしもそうだし、ギーズ公爵令嬢だって、ラニー侯爵令嬢だって、貴族令嬢であるがための厳しい淑女教育に耐えて今日があるのだ。
遅れて社交界デビューしたヴェロニクだってまわりに追いつこうと必死だった。ばかりか、ヴィルヌーブ子爵のために政治の勉強までしていた。努力を怠らなかった。
シルヴィーが負けたのは当然だ。でもその負けた本当の理由をシルヴィーはわかっていない。
泊まり込みでのレッスンになるからと伯爵家のメイドにシルヴィーの荷物を支度させていると、ボリュー伯爵が「お許しください。どうかお慈悲を!」とかよくわからないことを口走りながら駆けつけてきたけれど、「大切な娘が笑い者になったままでいいの? あわよくば妃になれるならと伯爵だって皮算用してるのでしょうに」とジャブを打ってけん制すると伯爵は青い顔をして震え上がった。家柄と人柄だけが取り柄の人畜無害なお方なのだ、わたくしの敵ではない。
父親がおとなしく引き下がるのを目にしたシルヴィーはもはやこれまでと覚悟したのか、素直に馬車に乗り込み隠れ家へと運ばれてくれた。我がニーム公爵家へ連れていっても、事態を聞きつけたアンリたちがやって来てうるさいだろうから。こういうこともあろうかと、コツコツ貯めたお小遣いで家を買っておいてよかったわ。
さあ、これから寝食を共にしてみっちりお妃教育をしてあげるのよ、ありがたく思いなさい。わたくしはうきうきと張り切って教鞭をとったのだが、シルヴィーは初っ端から音を上げて泣き始めた。
「それ、馬用の鞭ですよね!」
あら失礼。
わたくしがボリュー伯爵令嬢を拉致監禁していたぶっているらしいと社交界では大した話題になっているらしいけれど、ええまあ、内実は変わらなかった。特訓の手伝いに来てくれたギーズ公爵令嬢が「どうみなさまにお伝えすれば」と困惑していたので「見たままを話してちょうだい」と言っておいた。
カーテンにしがみついておいおい泣いているシルヴィーの首根っこをつかんで立たせる。
「さあ、もう一度ギーズ公爵令嬢のお手本をよくご覧になって。淑女の礼は今日で完璧にするのよ」
「わ、わたくし、完璧にやってるつもりです、ど、どこを直せばいいのか……」
「何度言ったらわかるの? 米つきバッタみたいなそんなお辞儀じゃ、笑われるだけよ! 頭を下げながらも相手に敬意を抱かせる、それができて初めて高貴な身分でいられるのよ」
「だ、だったらわたくし、高貴な身分になんてなれなくていいですっ」
また始まった。わたくしは激しく舌打ちしてシルヴィーを睨みつけた。
「黙らっしゃい!!」
ここに来て何度目ともしれない雷を落としてやる。震え上がったシルヴィーは助けを求めるようにギーズ公爵令嬢に目をやったけれど、不愉快そうな眼差しを返されてしまい、しゅんとうなだれた。
それはそうだ。シルヴィーの言い分は甘えでしかない。わたくしもそうだし、ギーズ公爵令嬢だって、ラニー侯爵令嬢だって、貴族令嬢であるがための厳しい淑女教育に耐えて今日があるのだ。
遅れて社交界デビューしたヴェロニクだってまわりに追いつこうと必死だった。ばかりか、ヴィルヌーブ子爵のために政治の勉強までしていた。努力を怠らなかった。
シルヴィーが負けたのは当然だ。でもその負けた本当の理由をシルヴィーはわかっていない。