それから数日後。ようやくのことでシャルル殿下を捕まえ、わたくしは訴えた。
「取引いたしましょう」
 王宮のお庭で優雅にワインを嗜んでいらしたシャルル殿下はくすりと微笑み、わたくしに座るように促した。

 はあ、これで不毛な鬼ごっこから解放される。安堵のあまり目尻に涙が滲みそうになってわたくしは目元をぬぐった。
 この数日、明らかにシャルル殿下にけしかけられたアンリは、行く先々でわたくしの前に現れた。
「見張っていないと何をしでかすかわからないことがよくわかったからな」
 きも。うざ。しつこい。

 シルヴィーはどうした、シルヴィーは。きゃっきゃうふふらぶらぶいちゃいちゃしなくていいんですかぁ? なんてことを洗練された言い回しで皮肉ってやろうとしても、当のシルヴィーはしっかりアンリにくっついてきていて、うるうると恨みがましく涙ぐんだ目でわたくしを見るのである。

「アンリ様は寂しいのです」
 出たーッ! 略奪愛するオンナの言い分ナンバーワン! ……って、なんでここで??
「イザベル様はどうしてアンリ様のお気持ちをわかってくれないのですかっ」
「ええはい、わかりませんわね。あなたが理解して寄り添ってあげればいいじゃありませんの」
 もうめんどくさくなって、タテマエ抜きでどうぞどうぞしてしまう。

「わたくしじゃムリなんです。わかってるんです。アンリ様にはイザベル様が必要なんです」
「は? 何をおっしゃっているの? わたくしから殿下を奪ったくせに」
「ちが……ちがいます。それはアンリ様はわたくしを好きだって言ってくださいました」
 うげ、きも。
「で、でも、なんて言うか、アンリ様はイザベル様に認められたいのです。イザベル様がいないとダメなんです。だからわたくしは、妻にはなれなくてもいいっていうか……そ、側室でも充分ていうか。だ、だって、わたくしにはアンリ様を支えられる力なんてないし」

 おいコラ。脳みそお花畑。アンタみたいな、わたしはこの人を理解している、この人を癒せるのはわたしだけ、だから日陰の女でいいの……っ、みたいな健気なことを言いつつイイ女ぶるオンナがいるから、浮気男が態度を改めないんだろうがああああ!

 そこでわたくしは、若干方向性を見失いそうになっていた自分を反省して、初心に戻ることにしたのである。

「このところ、殿下がわたくしとアンリ様の仲を取り持とうと画策なさっているのは、アンリ様を強い王太子にしたいからですわよね」
 王弟派の臣下たちの野望を摘み取れるような。
「わたくしが妃にならずともアンリ様は安泰であると安心できれば、わたくしを見逃してくださいますか?」

 もうこうなったら、率直に要求するのみである。シャルル殿下は頬杖をついて面白そうに薄いブルーの瞳の上に陽光を躍らせた。
「できるのかい? そんなことが」
「やりましょう」
 犬は好きではないけれど、こうなったらやるしかない。わたくしの経験から、この物語のクライマックスは近いと感じる。来月に迫った、西の離宮での王室主催の夜会が断罪イベントの舞台になるのだろう。ならばそれまでに。
「ビシバシ躾けてやりますわ」

「いまさらアンリをどうにかできるだろうか」
 眉を顰めるシャルル殿下にわたくしは微笑んで頭を振って見せた。
「いいえ。アンリ様ではなく、ボリュー伯爵令嬢をですわ」