「どういうつもりだ!? イザベル!」
「なにがですか?」
 アンリが顔を真っ赤にして怒っている理由がわからない。
「俺をさらし者にしておいて、自分はこんなところで叔父上と密会とは」

 みっかい。密会といえば密会かもしれないが、アンリが言わんとしているのは男女が人目を忍んであんなことやこんなことをする方の密会に違いない。

「馬鹿おっしゃらないでくださいませ」
「そうだよアンリ」
 わたくしが声を尖らせてアンリに向き直ると、後ろからシャルル殿下がずいっと進み出た。わたくしの腰に腕を回しながら。
「何をいまさら。イザベルとわたしは以前から仲良しじゃないか」

 は? そ、それは確かに。王族の中でシャルル殿下はとびぬけて切れ者で、なのに物腰の柔らかさと言動の穏やかさで爪を隠すという食えなさ、抜け目のなさは非常に感心するところで、わたくしは子どもの頃からこの方に一目置いてきた。
 わたくしは優秀な人が好きだから、シャルル殿下と接することを好ましくは思っている。でも男女間の好意とはもちろん違う。強いていうなら、胸を借りることができそうな大人だから懐いているのだ。だがそんな態度を表に出したこともない。

 アンリのそれは完全なる言いがかりであるのに、シャルル殿下はわたくしの意志などそっちのけで甥を煽ろうとしているのだ。案の定、煽り耐性のまったくないアンリはぶるぶると肩を震わせた。
「なんという自分勝手な女なんだ」

 あんたに言われたくなーい!! 思わずぼきっと扇子を折りそうになったわたくしの手を取ってシャルル殿下は囁いた。
「場所を変えようかイザベル。うるさいのがいないところへ」
「行きません」
 いくらなんでもふざけすぎだわ。渾身の恨みを込めて睨み上げると、シャルル殿下はひょいと肩を上げてわたくしから離れた。通路に落ちていたカラス仮面を拾い上げ、優雅にお辞儀を残すとにこやかに去っていった。

 はあ、なんだかどっと疲れた。もう帰ることにしましょう。
 やれやれとわたくしも歩き出そうとしたとき、
「おいイザベル。俺を無視するのか」
 地獄の底から沸き起こる低い美声がわなわなと響いた。ああ、忘れていた。
「とても疲れてしまったのでこれで失礼いたしますわ。殿下はどうぞ楽しんでいらして」
「おまえが言うな!」
 うわあ、めっちゃ怒ってる。めんどくさ。
「あ、殿下。あんなところでシルヴィーが泣いてますよ」
「え……。ど、どこだ」
「ほらほら、あのワインテーブルの横……」
 アンリがよそを向いて目を凝らしている隙に、わたくしはすたこらと逃げ出した。