「君たちとおっしゃられるのは」
「あなたとアンリに決まってるじゃないか。それとボリュー伯爵令嬢、だったかな」
「まあ、王太弟殿下までご存じとは。お恥ずかしいですわ」
「わたしがこういう立場だからだよ、あなたは理解してくれているだろう? イザベル」
 軽く腕を開いて両の手を上向け、おどけたしぐさをするシャルル殿下。ええ、わかってる。わたくしだって考えたもの。

 これからわたくしが起こす騒動――つまりはわたくしとアンリの婚約解消――の結果、シャルル殿下のこれまでの苦労が台無しになってしまうのは申し訳ない、と少しは思いますわ。でもこれっばかりは仕方ないのです。わたくしは悪役令嬢なのだから。

「殿下。ご懸念があるのでしたら今すぐにでも陛下に廃位を申し出てくださいませ」
 まだ間に合う。とりあえずシャルル殿下が王太弟の位を下り後継者不在となれば、多少のトラブルが起きたとしてもアンリの立太子は揺るがないだろう。シャルル殿下は愛人を連れて外国へでも逃げればよいのだ。この方のことだから、言われずとも準備はとっくにしているだろうけど。
「そのつもりではあるけれど」
 ね、そうですよね。

「でもね、イザベル。わたしは慎重を期したいんだ。あなたがアンリを捨てるようなことがあっては困る」
「ま、そんなこと」
 気持ちのうえではとっくに捨てているけれど。
「わたくしの立場であり得ませんわ」
 これは本心である。悪役令嬢であるわたくしは公には捨てられる側であるのだから。
「ニーム公爵家の権勢とあなたの政治力がなければ王位は安定しないだろう。だからアンリを捨てないでおくれよ」
「殿下はわたくしを過剰評価なさってますわ。わたくしはただ、アンリ様に付き従うのみですもの」
「謙遜はおよしよ。とにかくわたしはね」
 声をひそめ、殿下はぐっとわたくしを壁に追い詰めた。
「邪魔をされたくないんだ」

 いつもの優しく柔らかな物言いの中に剣呑な響きが宿っている。凄腕の外交官かのような脅しっぷりだ。ですが殿下、邪魔をされたくないのはわたくしもですわ。
 かざしたままの扇子から目だけを覗かせてわたくしはシャルル殿下を見つめ返す。しばらく無言で睨み合った後、さすがにこれでは埒が明かないとわたくしはそっと目を伏せた。

「わたくしよりもアンリ様に釘を刺されてはいかがでしょう」
 とりあえず矛先を変えてくれないかしら、と言ってみた、これがいけなかった。
「そうだよね、肝心なのはアンリだもの」
 がらりと口調を変えてシャルル殿下は茶目っ気たっぷりに微笑む。

 わたくしは、しくじってしまったのかしら。背中にたらりと冷や汗を感じたとき、わたくしたちの姿を隠していたカーテンがいきなりまくりあげられた。
「……ッ。イザベル!」
 明るくなった視界の中、アンリが鬼の形相でカーテンを持ち上げていた。