美しい人々というのは、容姿の造作だけではなく麗しいオーラを振り撒くものであり。踊る群衆の中にあってもアンリとヴェロニクの美々しさは際立っていて嫌でも視線を引っ張られる。
 ふたりに見惚れ、感嘆のため息と共にギャラリーが注目し始めると、あれはアンリ王子では? お相手はニーム公爵令嬢ではないようだが? と言い交わすくぐもった声も聞こえるようになってきた。うふふ、首尾は上々よ。

 第一王子と踊っている令嬢は誰なのかと好奇心が高まる中で、最初はダンスのお手本のように曲に合わせて体を動かすだけだったアンリも気持ちが高まったのか、ターンに合わせてパートナーの腰をぐっと引き寄せた。

 きゃあああ、けしからーん! その腕の中の令嬢は、腹心候補のヴィルヌーブ子爵の恋人だというのに。臣下の恋人に横恋慕して奪う主君なんてサイテー。古今東西破滅に向かうパターンでしてよ、くっくっく。

 突然のことに抵抗できなかっただろうヴェロニクは従順に流されてしまっていたけれど、ターンを決め終わるとアンリから体を引きはがそうともがきだした。アイマスクから覗くくちびるが何か言っている。
 様子がおかしいことはギャラリーにもすぐに伝わり好奇の視線がいっそう集まる。

 戸惑ったようにアンリが腕を下ろし、ヴェロニクは飛びのいて彼と距離を取った。そのまま体の前で両手を握り、懸命に言葉をつむいでいる。そして自ら仮面をはずした。
 あの美しい令嬢はどなた? とざわめきがあがる。

 衝撃が大きすぎたのか、アンリは固まったままうんともすんとも反応しない。今の今までヴェロニクをシルヴィーだと勘違いしていたことがこれで証明された。

 ふふふ、お馬鹿さんねアンリ。俺の大事な人だキリッ、とかやってたクセに見抜けなかったの? あなたの愛情ってそんなものなの? うふふふふ。ちゃんちゃらおかしくて笑ってしまうわ。

 いつしか踊りさざめいていた紳士淑女も足を止め、戸惑いがちに事の成り行きを窺っていた。アンリが動かないままなのでヴェロニクもどうすればいいのか判断がつかずにいるようだ。あらあらまったく。
 アンリはともかく、ヴェロニクをこれ以上放置するのは忍びなく、わたくしが足を踏み出そうとしたとき、黒い影がダンスの輪の中に躍り出た。

 流れるように人々の隙間を抜け、あっという間に立ち尽くすアンリとヴェロニクへと近づいた影は、ふたりの間に滑り込むとごくごく自然な動作でヴェロニクの手を取り、彼女の体をサッとさらった。

 そのまま、虚しく流れるだけだった音楽に合わせヴェロニクをリードして踊り始める。見事にヴェロニクと観衆の注目を一瞬でかっさらったのは、先程アンリと話をしていたカラス仮面の人物だった。