笑いさざめく人々のゴテゴテな衣装の隙間を縫って近づいていくと、さっきまでシルヴィーやアルベールたちと談笑していたアンリは、黒いくちばしのカラス仮面の人物と言葉を交わしていた。ギーズ公爵令嬢が上手くアルベールたちを誘導してアンリから離してくれたのだ。

 カラス仮面の人物と会話を終えたアンリは、ちょうどわたくしたちの方に向き直った。
「殿下」
 軽く膝を屈めて呼びかける。蔦模様を施したフルマスクを着用しているアンリは蒼い瞳を不機嫌そうに歪めた。
「あっさり見破るな」
 仮面の下で唇も曲げているに違いない。が、その瞳にはすぐに不審そうな色が浮かんだ。

 わたくしは注意深くアンリの反応を窺いながら、腕を絡めたヴェロニクにいっそう体を寄せた。
「わたくしたち、本当に仲良しになりましたの」
 ほとんど抱き着くように密着したのは、ヴェロニクに礼をとらせない意図もあった。華奢な手をきゅっと握れば、何か意図があると察したらしいヴェロニクは、おとなしく声を発さずにわたくしに身を委ねた。

「殿下がご案じになることは何もありませんわ」
「本当に?」
「ええ」
 わたくしはにっこり微笑みながら、広間の中心でくるくると衣装の裾をたなびかせて踊っている人々の輪に視線を投げた。アンリの視線もそちらに向く。
「ダンスは嫌いだろう?」
「ええ。ですがこうして見ているのは好きですよ。ぜひおふたりで踊ってみせてくださいな」

 ヴェロニクは目を瞠ってわたくしを見た。それはそうだ、接点のない相手といきなり踊れ、しかも婚約者の目の前で、なんて大したムチャぶりだ。だからヴェロニクに拒否されても仕方ない。でもできれば踊ってもらいたい。という遠慮がちな押しの強さは本音であるから、わたくしはそっとヴェロニクの手を取って囁いた。
「ダメかしら? あなたと殿下に交流ができたのだと、見る人が見ればわかるのだし、いい機会と思うのだけど」
 未だ立場の悪いヴェロニクだが、第一王子に許され認められたのだと社交界にアピールできる。

 そしてアンリにしてみれば。婚約者のわたくしが許可したのだから大っぴらに彼女と踊れるチャンスであり、同じく社交界に彼女の存在をアピールできるわけだ。いずれ妻となるニーム公爵令嬢イザベルが認めたお相手として。
「イザベルが言ってくれているのだし是非」
 期待を隠せない様子でアンリが手を差し伸べる。ヴェロニクは意を決したように右手を差し出し、軽く膝を屈めた。ああ、まことに優雅で美しい。

 踊りの輪の中に向かうふたりを見送りながら、わたくしは扇子の陰でほくそ笑んだ。ねえアンリ、今あなたと手を握り合っている乙女を誰だと思っているのかしら、あなたは。