「がっかりなさってるの? それでもあなたは、アルベール様と結婚するのでしょう?」
「物心ついたときには既に許嫁でしたし。貴族同士の結婚は愛のためではなく生き残るための戦略だと納得しておりますもの」
「そう? そういうことにしておきましょうか」
「ま、イザベル様ったら」
 珍しく年相応に頬を染めるギーズ公爵令嬢がかわいらしかった。

 さて、それはともかく、次の段階に進むべきでしょうね。シルヴィーのせいでアンリとわたくしの関係がおかしなことになっていると多くの目撃者が認識した。どこからか観察なさっている王妃様も不審に思われているはず。

「来週の予定はどんなふうだったかしら?」
「大掛かりなのはラニー侯爵家の仮面舞踏会ですわね。仮面を選びに行かれますか?」
「ええ、そうね」
 ええそう、仮面舞踏会。わたくしはにたりと笑いそうになる口元を、日差しが眩しいふりをして扇子をかざして隠した。




 仮面舞踏会(バル・マスケ)を愛好する貴族は多い。顔を隠すことによって違う自分になれるから? いや、逆だ。素性が隠されて初めて本当の自分を解放できる、というのが彼らの言い分だ。
 つまり、日常でこそ仮面を被って生活していて、マスケを被ることによって日常の仮面をはぎ取れるという。わかるようなわからないような。本音を表に出せずに暮らしているだなんてかわいそうなのね。

 というわけで、仮面舞踏会は開催されるたびに盛況を博す。この夜もそうだった。仮装の楽しみもあるから、普段はシックな装いを好む紳士淑女でもここぞとばかりに華美で豪奢な衣装を纏う。
 マスケもそうだ。様々な形や装飾の仮面が無機質でいて、だからこそなのか妖しい雰囲気を会場中で醸し出している。
 わざと普段とは違う装いをして、お互いに誰かを当て合うゲームも流行っていたから、広間の外でも階段でもバルコニーでもカオスなことになっている。

 わたくしはお屋敷の玄関ホールを囲むキャットウォークから、とりどりに行き来する人々を見下ろしていた。
 アンリとアルベール、その他いつも一緒にいる子弟たち、シルヴィーも会場入りしていることは確認済みだ。仮面の装飾、衣装の色形をばっちり記憶しているから見逃しはしない。

 シルヴィーは普段の彼女らしくない赤いドレスを纏っていた。膨らんだ肩の部分に豪華な銀糸の刺繍が施された、デザインはシンプルだけどディティールに凝った趣味の良いドレスだった。ふふふ、あの子ったら張り切っちゃって。

 うきうきとこれからのことを考えていると、目的の人物がホールに現れた。わたくしはしずしずと階段を下りていく。
「ごきげんよう。ヴェロニク様」
 金色のレースで縁取られた鼻から上を覆うタイプの仮面をつけているけれど、愛らしい口元と蠱惑的な琥珀色の瞳でヴェロニクだとわかる。
「イザベル様」
 赤いドレスを優雅に着こなしたヴェロニクがわたくしに向かって微笑んだ。