どういうつもりの発言なのか意図が汲めないままのカッコいい顔で、アンリは更に言いつのった。
「ふたりが争うことを俺は望んではいない。どうか仲良くしてほしい」
 はっ!? なに? なんでいいこと言ったみたいな顔してるの!? 顔でカバーできると思ってる?

 コイツ殴りたいコイツ殴りたいコイツ殴りたいコイツ殴りたい。
 落ち着くのよ、イザベル。アンガーコントロールよ、怒りの衝動は六秒でおさまるわ。いーち、にー、さーん、しー…………。

 六秒数えている間にアンリは手綱を操って厩舎の方向へと戻っていった。こっちに丸投げしといて颯爽と去るな。これだから顔のいい男は。
 その場にいた子弟たちも再びばらけて散開し、冷静になったときにはギーズ公爵令嬢だけが心配そうにわたくしを見ていた。
「殿下もひどいですわ、イザベル様は今日は何もされてないのに」
 ええ、ほんと。今日は。

 だって、乗馬にトラウマがあるわたくしが、いくら敵が憎かろうと事故を起こさせるはずがない。〈ライザ〉の初恋の男の子は、落馬事故で死んでしまったのだから。何度生まれ変わっても、わたくしはそれを忘れない。

 まあ、別に誤解されるのは痛くも痒くもないわ。労せずして罪状が増えただけだし。
「まさかボリュー伯爵令嬢のお芝居だなんてことは」
「それはないわ」
 ギーズ公爵令嬢の懸念をわたくしは即座に否定した。
「シルヴィーにそんな度胸はないわ。素直なだけが取り柄なのだから」
 素直だから殿方の浮ついた台詞を真に受けるし、そして付け上がる。
 でも素直さというのは才能でもある。疑うより信じることのほうが難しいように。信じる者は救われるのと同じく、素直な子は誰からも愛される。

 シルヴィーの馬の暴走は、うっかり馬腹を蹴ってしまったという乗馬あるあるだろう。それなのにわたくしの関与を疑うだなんてアンリは目に分厚い鱗を張り付けてしまっているのに違いない。
 ああ、それにしてもアンリ。やるじゃない。わたくしのハートに火をつけるだなんて。ふふふ、ふふふふふ。

 予想外の喜びに肩を震わせるわたくしとは違い、ギーズ公爵令嬢はどうやら真逆の感想を抱いたようだった。
「殿下もアルベール様と同じなのですね」
 それはそう。王族だからってみんなが君子なわけではない。わたくしが渡り歩いてきた物語ではお話の展開上残念な王族のほうが多いくらいだ。
「殿方はみんな素直でか弱い女性をお好みなのでしょうね」
 弱い女を守ることで男らしさをアピールしたい男と、守られることで愛されていると自分の価値を確認したい女と、需要がかみ合ってしまうのはなんともいえないわね。