「ところで、シルヴィー様はどうして王宮に? おひとりでいらしたの?」
「あ、そ……」
「そうだ。伯爵夫人が馬車で待っているのだろう」
「は、はい。それでは、わたくしはこれで」
慌てたようすであいさつし、シルヴィーはぱたぱたと回廊へと戻っていった。落ち着いていればおしとやかなのだけど、あれではヴェロニクの優雅さとは比べようもない。先々まで見据えてヴェロニクを選んだのだろうヴィルヌーブ子爵の眼力に感心する。
「ボリュー伯爵母子の心労を気遣い、王妃様が直々に慰め労おうとふたりを呼んだのだ」
「そうでしたの」
そこまで心配りなされる王妃様にも頭が下がるわ。わたくしには到底持ち得ない心の優しさである。
「俺は同席しなかったが、ここでたまたま令嬢と会ったんだ。気持ちを落ち着けようとひとりになりたくて庭を歩いていたのだそうだ」
はあ。別にどうでもいいんですけど。言い訳がましい発言の数々は、後ろめたくなる気持ちが既に彼の胸に芽生えている証拠だろう。だからって弁解を聞かされる義務までわたくしにはないわ。
「ところで、殿下がわたくしをさがしてらっしゃると、王太弟殿下が教えてくださったのですが」
「叔父上に会ったのか」
とたんにアンリは眉をひそめて口をへの字に曲げた。うん? シャルル殿下とは、お互いの立場はどうあれ、仲は悪くなかったはずだけど。
「わたくしに何かご用で?」
「あ、ああ。王宮に来るのは今日で最後だと聞いたから、少し話をしておこうかと」
「お気遣いありがとう存じます」
いらん気遣いだったけれど、ここでシルヴィーと会えたことは重畳だ。だからこそ苦言を呈したかった。
「にしても殿下。どうしていつもいつも自らわたくしをさがしまわるのですか? 誰か人を寄越してくだされば済みますものを。今日も帰ってしまうところでしたわ」
ええ、捜索されていると知ったうえで無視してしまうところだった。
「そうだな、俺はどうも自分で動いた方が早いと考えてしまう」
「お気持ちはわかりますが、それではうまくいかないことも多いですわ。二重三重に手を打っておくことを覚えてくださいませ」
おまえは考えが足りないのだ。言外に込めた指摘も、アンリは察したようだった。
「ああ。王妃様にも言われたばかりだ」
だからなのか、珍しく素直な口ぶりでアンリは何度も頷いた。
「足りないところは、これからはイザベルに補ってもらえば良いと」
「まあ」
王妃様ったら余計なことを。本音が顔に出そうになって扇子を広げる。
アンリがわたくしのもう片方の手を右手で掬い上げた。いきなりのスキンシップに少し驚く。
「おまえから見れば俺は足りないところだらけだろう。これからは、おまえが俺を躾けてくれ」
「……わたくし犬は好きではありませんの」
びきっと、アンリの端正な顔面に青筋が立った。あらあら、麗しいお顔が台無しだわ。
ついでにわたくしとの間にもヒビが入ったようで、アンリはぽいっとわたくしの手を投げ捨てると無言のまま踵を返して去っていった。うむ、重畳である。
「あ、そ……」
「そうだ。伯爵夫人が馬車で待っているのだろう」
「は、はい。それでは、わたくしはこれで」
慌てたようすであいさつし、シルヴィーはぱたぱたと回廊へと戻っていった。落ち着いていればおしとやかなのだけど、あれではヴェロニクの優雅さとは比べようもない。先々まで見据えてヴェロニクを選んだのだろうヴィルヌーブ子爵の眼力に感心する。
「ボリュー伯爵母子の心労を気遣い、王妃様が直々に慰め労おうとふたりを呼んだのだ」
「そうでしたの」
そこまで心配りなされる王妃様にも頭が下がるわ。わたくしには到底持ち得ない心の優しさである。
「俺は同席しなかったが、ここでたまたま令嬢と会ったんだ。気持ちを落ち着けようとひとりになりたくて庭を歩いていたのだそうだ」
はあ。別にどうでもいいんですけど。言い訳がましい発言の数々は、後ろめたくなる気持ちが既に彼の胸に芽生えている証拠だろう。だからって弁解を聞かされる義務までわたくしにはないわ。
「ところで、殿下がわたくしをさがしてらっしゃると、王太弟殿下が教えてくださったのですが」
「叔父上に会ったのか」
とたんにアンリは眉をひそめて口をへの字に曲げた。うん? シャルル殿下とは、お互いの立場はどうあれ、仲は悪くなかったはずだけど。
「わたくしに何かご用で?」
「あ、ああ。王宮に来るのは今日で最後だと聞いたから、少し話をしておこうかと」
「お気遣いありがとう存じます」
いらん気遣いだったけれど、ここでシルヴィーと会えたことは重畳だ。だからこそ苦言を呈したかった。
「にしても殿下。どうしていつもいつも自らわたくしをさがしまわるのですか? 誰か人を寄越してくだされば済みますものを。今日も帰ってしまうところでしたわ」
ええ、捜索されていると知ったうえで無視してしまうところだった。
「そうだな、俺はどうも自分で動いた方が早いと考えてしまう」
「お気持ちはわかりますが、それではうまくいかないことも多いですわ。二重三重に手を打っておくことを覚えてくださいませ」
おまえは考えが足りないのだ。言外に込めた指摘も、アンリは察したようだった。
「ああ。王妃様にも言われたばかりだ」
だからなのか、珍しく素直な口ぶりでアンリは何度も頷いた。
「足りないところは、これからはイザベルに補ってもらえば良いと」
「まあ」
王妃様ったら余計なことを。本音が顔に出そうになって扇子を広げる。
アンリがわたくしのもう片方の手を右手で掬い上げた。いきなりのスキンシップに少し驚く。
「おまえから見れば俺は足りないところだらけだろう。これからは、おまえが俺を躾けてくれ」
「……わたくし犬は好きではありませんの」
びきっと、アンリの端正な顔面に青筋が立った。あらあら、麗しいお顔が台無しだわ。
ついでにわたくしとの間にもヒビが入ったようで、アンリはぽいっとわたくしの手を投げ捨てると無言のまま踵を返して去っていった。うむ、重畳である。