「貧しい者を豊かにするには戦勝金が手っ取り早い。軍船の漕ぎ手の募集は金を得る大きな機会だ。だが戦はそれ自体が命のやりとりになる。だからといって、他に良い方法などすぐには思いつかない。テオはまだまだ若輩で、同士がいるわけではないからな。リュキーノスでさえテオの考えには賛同しないだろう。あいつこそ典型的な街の男だからの」
「うん……」
「じゃがな。きっとテオはあきらめないだろう。あきらめないで救い続ける。考え続ける。そうすればいずれ答えは見つかるだろう。あやつが目指すのは戦場の英雄などではない。誰もなったことのない何かじゃ。エレナ、誇るがいい。おまえの男は大きくなるぞ」
 そう言う女神さまの方こそ、なんだか誇らしげです。

「まだ起きてたのか」
 ひそやかな女同士の空気間に低い声が割り込んできました。テオです。
「何を話してたんだ、こんな時間まで。体が冷えるだろう」
「野暮じゃのう。女の内緒話を聞き出そうなど」
「もう寝よ、ファニ」
 帰りの遅いテオに文句を言った女神さまでしたが、エレナに促されて素直に部屋の中に入られます。
「…………」

 ひとり残ったテオは、何を思っているのやら、中庭からじいっと家のようすを眺めていたのでありました。




 エレナがテオの武具を中庭に持ち出してきたのは、翌日の昼下がりのことでした。
「テオが迷っているのなら、準備しておいた方がいいかなって思って」
 革の鞘をはずすと、鉄の槍はさびがかっていました。
「手入れならおいらたちがやるよ。やったことあるから」
 デニスが申し出てエレナから槍を受け取ります。ハリが胸当て、ミハイルがすね当てを布で磨き始めます。エレナは部屋の中に戻って、壁にひっかけられた丸い盾に目を向けました。その瞳が涙で潤んでいます。

 戸口からエレナの背中を見ていた女神さまは、彼女が泣いているのをお察しになったごようすで、ぷいっと踵を返されました。そのまま何も言わずに門を出ていかれたので、わたしは慌てて追いかけます。

「おかしいかのう、ティア」
「どうなされたのですか?」
「エレナを見ていると、わらわまで胸が痛くなるのじゃ。こんなことは初めてじゃ」
 わたしはびっくりして女神さまのお顔を覗き込みます。眉を寄せて歩く女神さまの瞳は、うっすらと潤んでいました。女神さまが涙ぐまれるなど――笑いすぎて涙を流されることならありましたが――わたしにとっては、天と地がくっつくぐらいの驚きです。