女神さまに背中を押されてテオが石段を登ってきます。後ろに続いた女神さまが木の扉を閉めます。そこでようやく、わたしもほっと息をつくことができました。

「ファニ、おまはなんでこんなところに……」
「その前にとっとと外へ出るぞ。まだ気分が悪い」
「あ、ああ」
 テオの背中を押して歩く女神さまをミマスが笑って見ています。

「おまえは何故、ここに来たのじゃ? ミマス」
「臭いだよ。到着したときから気になってた。夜になって臭いが濃くなったと思ったらダンナがふらふらベッドを出ていくから追いかけてきた」
「……おぬしはつくづく尋常ではないのう」
「おまえら都市民と一緒にするな」
 唇を曲げたミマスは、地上の回廊へ出ると柱の間から外へと出ていきました。
「一周してくる。目が冴えちまったからな」

 それを見送り、女神さまとテオは宿泊している建物へ戻りました。中には入らず、その前の月桂樹の木の下で女神さまは思い切り深呼吸なさいました。
「ふうううう。生き返ったぞ。死ぬかと思ったからのう」
「さっきのあれが託宣の間なのか?」
「そうじゃ」
「あそこで巫女が神の声を聴くのか……」

 女神さまは黙ってしばらくの間星空を見上げておられました。山の冷気の中で星々の光は冴え冴えとして、街で見るよりもくっきりしています。ここは、より天上に近い場所なのです。

「神なんていないのではなかったのか?」
 振り返って微笑まれる女神さま。テオは顔をしかめます。
「そうさ、おれはそう思ってる。だが……」
「神はいるよ」
 女神さまは、また天空を見上げて囁かれました。
「じゃがなあ、そうはいってもやはり、いないも同然なのかもしれぬのう」
 寂しそうに微笑む女神さまにテオはますます表情を渋くします。
「何が言いたいんだ、おまえは」

「元々があやふやでいい加減な神々の言葉を正しく受け止められる人間なぞおらん。今となってはなおさらじゃ。なぞなぞのような託宣に意味を与え取るべき行動を決めるのは結局は人間だろう。そしてその結果だけを神々に押しつける。自分たちは責任を取りたくないからじゃ。上手くいけば託宣のおかげと感謝して、上手くいかなければ信心が足りなかったと目に見えないもののせいにする。真心なんて、それこそ神々の姿のように見えないものだろうに。人間というものは、そこまで責任を負うのが嫌なのか」
 一息に語って、女神さまは軽く肩で息をつかれました。
「じゃが、おまえは違う」