動揺したようすでしたが、テオは言われるがままに衣の下に手を入れてそれを取り出しました。テオの手のひらの上から光が四方八方に伸びています。その光に当たってたゆたう煙の影がくっきりと見えて、わたしはぞっとしてしまいます。

 女神さまの苦しそうなお顔にテオが慌てておそばに行きます。女神さまは上半身を乗り出すようにしてテオにしがみつきました。
「ふう。動けた……」
 テオの手のひらにご自分の手を重ねてブローチを包むようにしながら、女神さまは息をつかれます。以前、テオを陥落しようとなさった女神さまをはねつけたブローチは、今は拒むことなくテオと女神さまの手のひらの隙間から光を発し続けています。

 とたんに今度は、岩から出ている煙に動きがありました。もやもやと湧き出る程度だったのが、一気にかたまりになり天井に向かって噴き出したのです。岩の割れ目に沿って、板のような形状の煙が立ち上ります。天井に突き当たって雲のように広がり、岩室(いわむろ)の中の臭いを更に濃密にしていきます。

「この煙はなんだ」
 むせながら空いたもう片方の手でテオは口を押えます。
「早く出るぞ」
 目にも染みるのか、女神さまは涙目になってテオを急かします。

「なんの騒ぎだ!?」
 そこへ野太い声が降ってきました。神殿の警護の者かとわたしはぎくっとしてしまいます。ですが女神さまはわたしの背後をみやって顔を明るくなさいました。
「ミマス! 矢はあるか?」
「もちろん」
 小さな弓を手にしたミマスは既に矢をつがえています。

「あの岩の割れ目を射よ! 霧が吹き出てるところじゃ!」
 女神さまはテオの手を引っ張って、ブローチが発する光で割れ目がよく見えるようになさいました。
「わかった!」

 即座にミマスは弓をひきます。放たれた矢は、女神さまの脇をかすめ一直線に岩の割れ目に突き刺さりました。すると栓をされたように煙の噴出が止まりました。

「止まった?」
 あっけにとられたようにテオがつぶやきます。見守っているうちに石室内の煙が少し薄まり、それと共にブローチの光も消えていってしまいました。

 元々の壁の灯火だけに戻ったところで、女神さまはそうっと岩へと近づきました。やじりの刺さったそこからは、細々とまだ煙が立ち上っています。
「これで収まるわけはあるまい。一時のことじゃ、また霧の息は吹き込んでくる」
 女神さまは霧の息、とはっきりおっしゃいました。
「なんだ、それは? ここは託宣の部屋だよな?」
「そうだ。今のうちに早く出よう」