神殿に到着した聖衣は、供物台にいったん捧げられ、儀礼の後いよいよ女神さまの似姿へと着せ掛けられました。
 大人の人間より少し大きな女神さまの似姿から今までの衣をはいで、新しい聖衣が着付けられます。意匠を凝らした金のブローチで両肩を留め、たっぷりのひだを付けながら腰の部分を革の帯で締め、さらに細やかな刺繍が見事な飾り帯が下げられます。

「今年の聖衣は変わったつくりね。裾が色とりどりの縞模様になってる」
「いいじゃないか。いつも似たようなのじゃ女神さまも飽きちまう」
「素敵ね。流行るかもしれないわ」
 こそこそと囁き合っていた人々は、やがて披露された似姿の堂々とした新しい姿に、口をつぐんで見入りました。柱の合間から差し込む光が白い壁に反射して、神殿の奥の女神さまの似姿は、屋外の広場からも迫ってくるような迫力で眺めることができました。

 不思議なものですね、人間て。黙りこくる人々の顔を少し上空から見まわしながら、わたしは思いました。女神なんていない、テオのように考えている者は他にもきっといるはずです。

 神々と人々が隔てなく暮らしていた黄金の時代ははるか太古の昔。わたしだってその時代のことを知りません。それからいくつかの時代を経て、神々は人間にかかわることを控えるようになったそうです。神々の姿を目の当たりにしたことのない時代の人々が、神々なんていないという考えを持つようになるのは仕方ないのかもしれません。

 それでも人間は、長い日照りの後の慈雨に感謝を捧げるように、穀物の実りをこうして祭壇に奉納するように、良いことがあっても悪いことがあっても、それは神々の仕業と納得して祈りを捧げるのでしょう。すべてを人の身で受けきれるほど、人間は成熟してはいない。だからやっぱり人々には、神さまが必要なのでしょう。

「そういえば」
 まぶしそうに目を細めて神殿全体を見渡すようにしていたエレナが、急につぶやきました。声をひそめてミハイルに尋ねます。
「ねえ。どうしてあのとき、わたしを禁域に連れていったの?」
「……」
 ミハイルは神殿の中の女神さまの似姿から目を逸らさないまま、ゆっくり口を開きました。
「女神さまが、そうしろって言ったから」

 エレナは、ゆっくりと目をまたたいた後、素朴に微笑みながら頷きました。
「そっか。女神さまが導いてくれたんだね」
 そのやりとりを聞きながら、女神さまは相変わらず天空を見上げていらっしゃるようでした。