どこにも出かけず中庭の木陰で巻物を読んでいたらしいテオは、アルテミシアを連れて帰ってきたエレナたちに目を丸くしました。
「どういうことだ」
普段はゆっくりした話し方をするエレナが早口にテオに事情を説明すると、その隣でアルテミシアが再び泣き伏しました。
「やっぱり無謀だわ」
「そんなことありません。この破れた分の幅だけ切り落として織り直すなら間に合います」
「そういう問題じゃないのよ! 女神さまの似姿が身に着ける聖衣なのよ! そんなつぎはぎの衣を差し出せるはずないでしょう!? だったらわたくしの命を捧げ……」
「女神はお気に召すかもしれんぞ」
そこへ女神さまが口を差し挟まれました。
「いつもいつも似たり寄ったりの衣装ばかり寄越して、と飽き飽きしてるかもしれん。たまには斬新なのを寄越せと思っているかも」
「はあ? 何を言ってるの、おちびさん。女神さまの品位というものをあなたは……」
「女神なんていない」
今度はテオが差し込んだ低い声に、その場はしんと水を打ったように静かになりました。夏の強い日差しに照りつけられたアルテミシアの美貌が、蝋のように白くなります。
「テオ、なんてことを」
「だってそうだろう? 神なんかいない。いるのは神託の権威を利用して意のままに市民を操ろうとする人間だけだ」
「そんなこと言ったらいけないわ、テオ」
ほとんど恐怖で顔を引きつらせながらアルテミシアが叱責します。しかし応えてテオはもう一度繰り返しました。
「神なんていない。だから人間の都合で人間がどうにかすればいいんだ」
ぎゅっと眉根を寄せて痛そうな顔をしているアルテミシアを見つめてテオは言い切りました。
「おまえが気にしているのは女神のご機嫌ではなく父親たちへの体裁だろう?」
「テオ!」
今にも泣きだしそうなアルテミシアの肩を抱いて、エレナがテオを睨みます。エレナのこんな眼は初めて見ます。テオも少し怯んだようすでエレナの視線から顔をそむけるようにして子どもたちに指示しました。
「ハリとデニスとミハイルは街中まわって糸を譲ってもらってこい」
テオからお金の入った袋を受け取った三人が路地に駆けだしていきます。
「ポロとファニは織り機を庭に出すんだ。その方が仕事がはかどる。……アルテミシア」
エレナに背中を撫でられて落ち着きを取り戻していたアルテミシアが肩を跳ね上げます。