「いけませんよ、女神さま。そんなこと」
「何故じゃ?」
「あれは娘たちが心をこめて女神さまのために織り上げたものですよ」
「そう。あれはわらわに捧げられる物じゃ。わらわの物をわらわがどうしようが勝手ではないか」
「まだ儀式の前にございます。不手際があったらアルテミシアのせいになるのではありませんか」
「それがどうした」
女神さまは鼻から息を吐いてせせら笑いされました。
「あの娘、わらわより美しいなどと言われていい気になりおって」
「ええ? アルテミシアがそんな娘ではないことはご承知のはずですよね?」
「あの娘の性根がどうであろうと関係ない。はようやれ、ティア」
「いけませんったら」
「ティア」
冷然と女神さまはおっしゃいます。
「やるのじゃ」
「…………」
ああ、もう。この方は何を考えておられるのか。それでもわたしは、風の妖精に呼びかけました。妖精たち、力を貸して。女神さまがお望みです。
さわりと葉擦れの音が巻き起こりました。穏やかだった禁域の広場を突風が吹き抜けました。わたしの心苦しさなど知らぬげに、いたずら好きな風の妖精たちはくすくすと笑い合いながら窓から室内に侵入し、聖衣を空に持ちあげます。
驚くアルテミシアの手をすり抜けて、聖衣は滑るように戸外に舞い上がり、近くに植わっていた大きなオリーブの樹のてっぺんにかぶさってしまったのでした。
慌てて戸外に走り出て、樹上を見上げるアルテミシアの顔がみるみる青くなっていきます。木陰に隠れて横目にそれを見やりながら女神さまは更におっしゃいました。
「ティア。ミハイルにうまいこと協力させて、ここにエレナを連れてくるのじゃ」
「ええ? どうしてですか?」
「いいから早く」
ひそめた声で女神さまはぴしりとわたしを急かします。もう訳がわかりません。
わたしは混乱したまま急いで劇場に戻り、ミハイルの耳元で囁いて彼にエレナを連れ出してもらいました。
何も語らないミハイルに強引に腕を引かれたエレナが、不安そうな面持ちで禁域に向かいます。
見届けて一足先に戻ったわたしは、相変わらず呆然とオリーブの樹の上にひっかかった聖衣を見上げているアルテミシアを目にしました。
「エレナは?」
「間もなく参ります」
「うむ」
頷いた女神さまがすうっと目を細めて合図を送ると、おもしろがってまだあたりを飛びまわっていた風の妖精たちが聖衣を乱暴に引っ張りました。
「何故じゃ?」
「あれは娘たちが心をこめて女神さまのために織り上げたものですよ」
「そう。あれはわらわに捧げられる物じゃ。わらわの物をわらわがどうしようが勝手ではないか」
「まだ儀式の前にございます。不手際があったらアルテミシアのせいになるのではありませんか」
「それがどうした」
女神さまは鼻から息を吐いてせせら笑いされました。
「あの娘、わらわより美しいなどと言われていい気になりおって」
「ええ? アルテミシアがそんな娘ではないことはご承知のはずですよね?」
「あの娘の性根がどうであろうと関係ない。はようやれ、ティア」
「いけませんったら」
「ティア」
冷然と女神さまはおっしゃいます。
「やるのじゃ」
「…………」
ああ、もう。この方は何を考えておられるのか。それでもわたしは、風の妖精に呼びかけました。妖精たち、力を貸して。女神さまがお望みです。
さわりと葉擦れの音が巻き起こりました。穏やかだった禁域の広場を突風が吹き抜けました。わたしの心苦しさなど知らぬげに、いたずら好きな風の妖精たちはくすくすと笑い合いながら窓から室内に侵入し、聖衣を空に持ちあげます。
驚くアルテミシアの手をすり抜けて、聖衣は滑るように戸外に舞い上がり、近くに植わっていた大きなオリーブの樹のてっぺんにかぶさってしまったのでした。
慌てて戸外に走り出て、樹上を見上げるアルテミシアの顔がみるみる青くなっていきます。木陰に隠れて横目にそれを見やりながら女神さまは更におっしゃいました。
「ティア。ミハイルにうまいこと協力させて、ここにエレナを連れてくるのじゃ」
「ええ? どうしてですか?」
「いいから早く」
ひそめた声で女神さまはぴしりとわたしを急かします。もう訳がわかりません。
わたしは混乱したまま急いで劇場に戻り、ミハイルの耳元で囁いて彼にエレナを連れ出してもらいました。
何も語らないミハイルに強引に腕を引かれたエレナが、不安そうな面持ちで禁域に向かいます。
見届けて一足先に戻ったわたしは、相変わらず呆然とオリーブの樹の上にひっかかった聖衣を見上げているアルテミシアを目にしました。
「エレナは?」
「間もなく参ります」
「うむ」
頷いた女神さまがすうっと目を細めて合図を送ると、おもしろがってまだあたりを飛びまわっていた風の妖精たちが聖衣を乱暴に引っ張りました。