「ふひい。夕餉のしたくまでには帰ってくると申しておったが、エレナのやつめ、遅いのう」
「どこに行っちゃったのですかね」
「ねえ、エレナは? 腹減ったよう」
 昼寝から起きだしてきたハリが訴えます。
「捜しに行ってくる」
 自分も空腹を感じたのでしょう。女神さまは率先して路地へと出ました。

「とはいえ、エレナはどこに行ったのやら」
 農園からの帰り、いつものように広場で買い物した物を女神さまにあずけ「用があるから先に帰っててね」とエレナは行ってしまったのです。こんなことは初めてでしたから、行き先くらい聞いておくべきだったかもしれません。

「女神さま、エレナの行きそうなところといえば」
「陶工区かのう、やはり」
「どうしてだい?」
 後ろにくっついてきた弟君がのほほんとお尋ねになるのを無視し、女神さまは陶工区へと足を急がせました。




 城壁に接した陶工区の路地裏は、傾いた日差しがすでに遮られ薄暗くなっていました。お店を営む家々の軒先でランプが灯っています。
 陶磁器の工房が並ぶ通りに、案の定エレナの姿がありました。胸毛の濃い男性に絡まれています。大変です。
 いつものように上空からエレナを見つけたわたしは、慌てて女神さまにご報告しました。

「エレナの危機じゃ!」
 心持ち声を弾ませ女神さまは駆けだします。今回は薄暗くてコントロールに自信がなかったのでしょう。走り寄った勢いそのままに、女神さまは胸毛の濃い男性に体当たりなさいました。

「おお。姉上カッコいい」
「もう。また危ないことをなさって」
 そのまま足を蹴りあげて攻撃する女神さまに胸毛の濃い男性が逆上します。
「生意気なちんちくりんめ!」
「誰が生意気じゃああ!」
 あれ? 怒るとこ違ってませんか?

「小汚い手でエレナに触るな!」
「ああ? こんなとこにぽつんと立ってたら客引きだと思うのは当然だろう?」
 まあ、そうだよね。わたしの隣で弟君が独り言ちます。この陶工区には公の娼館があります。この男性はそれを目当てにやってきたのでしょう。
「エレナは違うと言うとろうが!」

「まあまあ、あんた」
 騒ぎのようすを見ていた通りすがりの男性が取りなしに入ってくれました。
「こんな棒っきれみたいな娘たち相手にムキになるなよ。出るとこ出たイイ女がいる店教えてやるから」
「そ、そうだな」
 胸毛の濃い男性は顔を赤らめて踵を返しました。