「おまえも苦労が多いね。ティア」
中庭の木の枝の上で優雅にくつろがれながら、弟君がおっしゃいました。
「めっそうもございません」
わたしは女神さまの手の中から生まれたのです。どんなときにも女神さまのおそばにいるのは当然です。わたしは女神さまのためだけに動くのです。そこらの妖精たちとは違うのです。わたしのすべては女神さまだけのため――。
「テオフィルスねえ」
早めの夕食でお肉を堪能し、満足した家の者たちは早々に寝静まっておりました。月明かりに照らされてしんとしている中庭に、弟君の声が溶け込んでゆきます。
「変わった奴だよね」
竪琴をつま弾いて弟君はさらにおっしゃいます。
「そうお思いになられますか」
「うん。あれだよね、半神の連中みたいだ」
それは、テオがおのれの出自を呪い運命に翻弄されている、ということでしょうか。ですが弟君の口振りはそこまで深刻そうでもありません。ちゃらんぽらんな御方ですから、万事がこんな風なのではありますが。
「不幸面した奴ってぼくは大嫌いだけど、姉上は気に入ってるのかな」
「どうでしょうねえ」
「四苦八苦する姉上を見てるのは楽しいから、ぼくはどうでも良いのだけど」
弟君が弦をかき鳴らすと、澄み切った旋律が中庭から路地の隅々、そして天空の月光の矢をなぞるように広がってゆきます。人間の耳にその音は聞こえません。聞こえませんが、安らかな穏やかな気持ちを人々に届けていることでしょう。
「いちばん早起きの女神があかつきを引き連れてくるまでは夢の中にいるがいい。人はみんな夜の子どもさ」
ミハイルも夢の中で弟君の竪琴を聴いて満足しているでしょうか。夜は静かに更けてゆきます。
「なんでおぬしがまだここにいるのじゃ!」
この数日間繰り返している文句を女神さまがまたおっしゃいます。
「だって、他にすることもないし」
「暇人めっ。そこまで言うなら少しは手伝ったらどうじゃ」
まさかお手伝いする気になったのでもないでしょうが、弟君は興味を引かれたように中庭の木から下りられました。井戸のわきでは女神さまが小さなおみ足で洗濯物を踏みつけていらっしゃいます。
「ちびっこいといろいろ大変だね」
「なんだとおう!」
今日はエレナがいないので感心にも女神さまはおひとりで洗濯や掃除に励まれました。