リュキーノスと別れた後もテオは浮かない顔で港町の中をぶらぶらと歩いていました。ときおり、顔を巡らせて荷物と人の流れを眺めたりしています。そんな彼の後についてまわり、女神さまは町のようすとテオの両方に目を配られていらっしゃいました。
やがて、波止場の端に戻ってきたテオは、はあっと息をついて潮風に髪を揺らしました。
「難しい顔じゃのう」
下から女神さまがお声をかけられてもテオは黙ったままです。高くなった日差しは強く、明るい色のテオの金髪を透かしています。
「おまえは考えることが多そうだな」
「そう言うおまえは何も考えてなさそうだな」
「わらわは見守るだけじゃからな」
いつになく優しく囁く女神さまにテオは目をぱちくりさせたようでした。
「おまえは……」
言いかけたテオの頭上に突然、黒い影が飛来しました。トビです。何を狙っていたのか。気配に驚いたテオがとっさに振り上げた腕を避け、トビは舞い上がって逃げていきます。その足の爪がテオの肩先をかすめブローチを跳ね飛ばしてしまいました。
「あ……」
ブローチは波止場の地面を転がり、ぽちゃんと海面へと落ちていってしまいました。青くなって追いかけようとするテオを、近くで見ていた船乗りが引き留めました。
「馬鹿! 飛び込むつもりか? ここは浅瀬のように見えて深いんだぞ!」
唇をかみしめて波間に目を凝らすテオの脇から、女神さまが駆けだしました。地面を蹴って手足をきれいに伸ばし水しぶきを上げると、棒切れみたいなおからだはあっという間に海中に吸い込まれていきました。
ああ。もうっ。わたしも意を決して追いかけます。海中に身を投じながら呼びかけます。海の妖精たち、力を貸してください。わたしの女神さまを助けてください。
すると、海水で動かすこともできなかったわたしのはねが泡に包まれ軽くなったのがわかりました。目の先に、海底を目指して水をかいてゆく女神さまのお姿が見えます。青い妖精たちが泡をまといながら女神さまを追い抜いて海底に向かいます。
水底で淡く何かが光りました。文様の部分から細く光を発したブローチが泡に包まれて浮かび上がってきます。それを手のひらに収めた女神さまは、慌てておからだの向きを変えられます。