シスター・クレアは戦闘中にも崩さなかった余裕の笑顔を消して、極めて深刻な表情になっていた。
勝手に先程の家に居座っているので、居心地が悪いが。一応、シスター・クレアに結界を張って貰っているので、その間は誰かが入ってくる心配は少ない。
「此処まで司教シスター腑抜けてるんだ。今回の一件に関しては司教シスターは全く役に立たないですね。まずいです」
髪に付着した水分を手で払いながら、彼女は必死な形相で思考に耽る。
今まで味方だったヴァンパイアハンター達が一瞬にして敵に回ったが、オレ自身に疚しい点は無い為、中々実感が伴わない。
あのコッケン神父が自分を切り捨てる、という選択肢など端から在り得ないし、一体何が起こったのやら……。
「……何か心当たりでも?」
「理由は敢えて言わないけど、今回は司教シスターを除外して立ち振舞いを考えないと本気で死ぬよ? 私達」
そう、オレを陥れるこの流れは誰が書いた脚本なのかが今一不明瞭だ。
そんな二流三流の筋書きにあのコッケン神父が踊らされるとは考えにくいし、本当にコッケン神父の身に何かがあったとしか考えられない。
「シスター・アリシエル、笹瀬川さん、彼が目覚めました」
と、バインドで例の魔法使いを捕縛し、監視しているからシスター・クレアから、ラオウが目覚めたと報告を受けた笹瀬川ユウとシスター・アリシエルは赴く。
黄色い雨合羽を剥いで素顔を表している金髪の男は、敵意を剥き出しにしながら達を睨んだ。
――やはりというか、『液体』ではなく、本当に水しか操れない魔法使いなんだと確信する。
腕や胸から出血した血を操作しなかった当たりで、大体の目見当を付けていたが。
「……殺せ。裏切り者に話す事など何も無い」
「そうか。シスター・クレア」
「はい?」
中々に忠義心深く、生半可な拷問では屈さないだろうし、何より時間が掛かる。
其処で笹瀬川ユウはシスター・クレアを指名する。本人は何で呼ばれたか、疑問符を浮かべる勢いだったが、ラオウの反応は劇的であり、脂汗をだらだら流していた。
「――ひぃっ!? お、おお、脅しには屈さないぞ……!」
「砲撃準備開始」
「はい、何なりと聞くが良いっ! まずはお話で解決して下さい! お願いします!」
というか、堕ちるのはえぇよ。少しは意地見せろよ。……まぁあんな極太の砲撃魔法に撃たれるなんて生涯御免だが――。
「……弱っ」
「ば、馬鹿野郎ォッ! 実際に砲撃魔法を食らってから言いやがれェ――! 死ぬほど痛かったぞっっ!?」
「……はは」
どうやら超遠距離砲撃魔法での狙撃は彼のトラウマになったらしい。
あれ以外で倒す方法が無かった、雨天時ではほぼ無敵の魔法使いの癖に……。
「とりあえず、オレはお前達を裏切った覚えは欠片も無い。それを念頭に置いて聞いてくれ。今回の一件はお前の独断専行か? それともコッケン神父の指示か?」
「何を白々しい事を。これはコッケン神父さん直々の指示だ。裏切り者を始末しろとな」
――ああ、くそ。一番否定して欲しかった事をあっさり肯定しやがった。
尋問するオレは頭を抱えて、言葉が詰まり――代わりにエメラルド・グリーンの送風で髪を乾かしてもう一度ポニーテールにしたシスター・アリシエルが前に出た。
「――ところでさ、前々から疑問に思っていたんだけど、あのヴァンパイアを前にコッケン神父はどうやって生き残ったの?」
笹瀬川ユウとシスター・アリシエルからの視線を見て見ぬ振りをし、シスター・クレアは忠誠高いラオウに猜疑心を植え付けに掛かった。
「……何が言いたい?」
「死体を操る魔法ってある? 乗っ取るのでも可能だと思うけどね」
「何を馬鹿な事をっ!」
憤慨して否定するが、沈黙する笹瀬川とシスター・アリシエルの深刻な顔を見て、ラオウは視線を著しく彷徨わせる。
「あの堅物を絵に書いたようなコッケン神父が筋を通さないのは可笑しいって言っているの。今回の一件、司教シスターの陣営はまるで知らないそうよ?」
それを聞いて、ラオウは驚いたように眼をまん丸にする。
オレは『司教シスター』と最も密接に関わっており、裏切り者として処分するのならば誤解が無いように『司教シスター』に知らせてから行動に移すのが当然の経緯であろう。
『司教シスター』の恐ろしさは誰よりも知っているだろうし、この事が真実であるのならばまさに筋が通らない――彼の知っているコッケン神父に、らしくない、のではなく、あるまじき指示である。
「どの道、君とは意見を共有出来ようが出来まいが私達の運命と一蓮托生よ。君は生かして帰すけど、普通に帰ったら恐らく始末されるよ? 私達と内通したと疑われてね」
「コッケン神父さんがそんな事をする訳が……!」
「もう私達はコッケン神父が嘗てのコッケン神父でない事を前提に話しているの。その方がむしろ筋が通るし」
シスター・クレアが嬉々と植え付けた疑心暗鬼の芽は、否定出来ないほど彼の心を蝕み――その上手く扇動出来た様子に、彼女は満足気に笑った。
「同僚の魔法使いで信頼出来る者を見繕って、コッケン神父を探って来て欲しいの。彼が本当にコッケン神父ならば、反逆行為にも背信行為にもならないでしょ? 彼が今まで通りの彼で、正常で信じるに足る者だったのなら、また私達を襲えば良い」
シスター・クレアの指示で拘束が解かれ、ラオウは夢遊病の患者のようにふらふらと歩いて、何処かに立ち去って行った。
「怖いな。敵だったやつを手駒にした」
「司教シスターが腑抜けていなければ私の出番なんて無かったんだけどね」
ぶーぶーと文句言いたげな顔でシスター・クレアは不機嫌そうにする。
「でも、状況は何一つ好転していないわ。私達は常に魔法使いの襲撃の危機に瀕している。本当に厄介よねぇ」
「……全くだ。頭が痛くなるぜ」
『魔法使い』の多種多様性は随一であり、戦闘をしながら相手の能力の絡繰を見破らない限り勝機は訪れない。
一騎当千のような派手さは無いが、型に嵌まればその一騎当千の兵すら討ち取れるのが『魔法使い』の強みである。
「あ、あの!」
今後の身の振り方を考えていると、シスター・アリシエルの方から声を上げて、オレ達は彼女の方に振り向く。
「私に出来る事は何かありませんか……!」
その必死な立ち振舞いを見て――コッケン神父の事を思い出す。
――確実に、シスター・アリシエルは罪悪感を覚えている。
フェルミナ・ストラスに倒され、死の淵に居た処をコッケン神父の挺身で救われた。後で助かったと解って事無き得たが、どうも風向きが怪しい。
だが、もしあの時にコッケン神父は死んでいて――別の誰かに摩り替わっているような事態になっているのならば、その全ての責任はオレが背負うべきものである。
「暫くは固まって行動しましょう。互いだけが最後の頼みの綱になるかもしれないわよ?」