「仕方ない、必殺技出しますか。反動で3日魔力がゼロになるのでやりたくはないんですが……切り札は持ってるだけでは意味がない。適切に使うとしましょう!」
シスター・アルシエルの聖なる炎が一際強く、輝き始める。
「デモニッシュコード・セイントクロスオーバードライブ!! 灼熱地獄・大曼荼羅!!」
押し寄せる絶望の波を、赤い炎が猛然と焼き尽くす。十字架のハンマーを振り回す度に炎が刃となって切り裂いていく。
「これで、ラストォー!!」
ドカン! と盛大に鳴り響いて長い夜は終わり、一時の安らぎが訪れる。
教会に帰還し、気を失ったフェルミナ・ストラトスを一室のベッドに眠らせる。
これから彼女は、数々の苦難にぶち当たるだろう。途中で折れてしまうかもしれない。絶望して自ら生命を絶ってしまうかもしれない。
ただでさえ自ら生命を断つ選択をしたばかりだ。幾ら教会といえど自殺を止めれる気がしないのだが――。
司祭級シスターは言う。
「起きているのだろう? フェルミナ・ストラトス」
ぴくり、と――フェルミナ・ストラトスは司祭級シスターの言葉に反応してしまう。
周囲の皆も一斉に視線を集中させる。
「死ねなくて残念だね、フェルミナ」
「……どうして、助けたのですか? 私に、生きる価値なんか――」
司祭級シスターは皮肉気に笑い、フェルミナ・ストラトスはゆっくりと目を開けて司教シスターを睨む。
(おいおい、挑発してどうするんだよ? 立ち直させる気は零か?)
「死ぬのはいつでも出来る。死という『安楽』に逃避する事は絶対に許されない。――生きて償え。苦しみ悶えた末に無様に死ね。それが私の復讐だ」
――それが、ゼロから悲惨な目にあってきた人々を救い続けたコッケン神父への弔いの挽歌。
ぽろり、と。フェルミナ・ストラトスかの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「……どうやって、償うのですか? 私は――」
「そんなの自分で考えろ。そもそも私は『罪』だ『罰』だの執着出来ない性質なんでね。むしろ踏み倒す側だ。――死で『罪』が清算出来ると思うなよ?」
言いたい事を言い終わって『司教シスター』は退出しようとし、通信のガラス玉の音が鳴り響いた。
各々に視線を送り、首を傾げ、首を振り――フェルミナ・ストラトスは、震えながらそのガラス玉を取り出した。
「コッケン神父の……?」
一体誰から――?
司教シスターの方に視線を送り、彼女は無言で頷く。その配慮に感謝して、意を決して非通知の通信を取る。
「――誰だ?」
『……笹瀬川ユウか? 私の通信ガラス玉を回収したという事は、事は片付いたようですね』
「は?」
――『私』、だと……!? それにこの声は――だが、貴方は。
「……コッケン神父? 馬鹿な。貴方は、死んだ筈じゃ――!?」
『――? 寸前の処で自身の死を偽装し、辛くも逃走に成功したのは良いが、意識不明の重傷でしてね。今まで連絡出来なかった。仲間に探し当てて貰わなければ死んでいた処だ』
……思い出す。
確かに朝一番に非通知で此方の携帯に掛かって来て、コッケン神父の生存を信じて赴いた奴が居た。
あの野郎、無事なら連絡の一つや二つ、即座に寄越せっつーの……!
『……気のせいか、話が食い違っている……? まさか奴から連絡が行ってないのか……!?』
珍しく慌てた口調のコッケン神父は、自身が『死亡確認』されていた事に漸く気づく。
「……良かったッ! 生きているなら連絡してください」
涙を流しながら、笑う。
彼が生きていて良かったと、心から喜ぶように――。
「あー、しかし疲れた。面倒事は本当に嫌だわ」
教会で焙茶を飲みながら『司教シスター』は呆れた表情をし、アロハシャツという謎のチョイスの私服をしてけたけた笑う。
「教会なのに、和食か」
席に付いて不思議な気分になりながらテーブルの上に用意された朝食を見ていた。
ほっかほかの白飯に味噌汁、そして鮭の焼身に出汁巻き玉子をアルシエルが運んでくる。
「シスター・アルシエル、シスター・フェルミナは……」
「色々ありましたし、今は、ね」
運び終わり、全員が席に着く。
『いただきます』
手を合わせて合唱する。おお、出汁巻き玉子うめぇ。舌の上でとろりと蕩けやがる!?
これは御飯が進む。他の皆も感心したように食べ、シスター・アリシエルは誇るように胸を張っていた。
「あーあ、雨なんてツイてねぇなぁ」
王都へ買い出しに行って、店の外に出ると大雨となっている現状を見て、笹瀬川ユウはうんざりとした表情で呟いた。
「天気予報を見ていなかったんですか? 入りますか? お願いしますって言うなら入れてあげないこととも無いですけどぉ?」
ずぶ濡れ確定だと覚悟した直後、一緒に来たシスター・アリシエルが、がこれ見よがしに赤い傘を開いてにんまり笑う。
「ぐ、ぬぬぬ」
「嘘、嘘ですよ。一緒に傘に入りましょう」
意地悪を言ってごめんなさい、と笑って相傘の形で、笹瀬川ユウ達は雨の中を歩く事となった。靴が濡れないように雨溜りを避けながら、傘がある範疇を歩みながら――。
「……はぁ、こういう雨の日は良い思い出が全く無いなぁ」
「雨なんて好きな人種は非常に奇特だと思いますけど?」
「別に好き嫌いは無かったんだが――俺の超能力の関係で」
「炎の魔法使いが、水を苦手にするような感じですかね」
「それが一番近い、それに……」
「――雨は良い世界だ。日々蓄積した心の鬱憤が一斉に洗われるような世界にさせてくれる。雨天の中に傘を差さずに打たれる自由もある、これは何のフレーズだったかねェ? 即ち、雨は良い世界ということだ」
超能力者に襲われた苦い経験があって、嫌な予感しか思い浮かばない。
例に漏れず、黄色い雨合羽を被った変哲のある青年が、独特なポーズをとって立っていた。
この見るからに解り易い目の前の変質者には、予感どころか確信しか湧いて来ない。
「……何者だ?」
「コッケン神父の友だちさ。名前はラオウ・シュラマルだが、まぁそんなのはどうでもいい」
黄色い雨合羽の男との間合いは十五メートル余り、近接型ではなく、遠距離型だと思われるが、この雨だ。最悪の予感が的中しない事を祈るばかりである。
最悪を想定して逃走経路を確認する。現在のこの場所は閑静な住宅街であり、逃げ込むなら民家しかない。
無関係な者を巻き込むのは非常に申し訳無いが、此方は生死に関わる問題なのでそうは言ってられない。
「残念だよ、君には少なからず期待していたんだがね? 教会の新入り君」
「? 一体何の事だ?」
「しらばっくれる気か。堂々とあの小娘を助けようとするなんて、気づかないとでも思ったのかい?」
……何か、致命的な勘違いをされている気がする。
隣のシスター・アリシエルに視線を送り、彼女は小さく頷く。この状況が非常にまずい事は彼女も見抜いている。
「――裏切り者には死を。いつの世も不変の摂理な世界だッ!! 魔法発動ッッ! ウォーター・マリオネット!!」
背後から気配を察知し、超能力を装着し、シスター・アリシエルを所謂お姫様抱っこして最寄りの民家を目指して突っ走る。
――赤い傘が両断される。水で構築された二つの鎌が其処にはあった。
(くそっ、やっぱりか! 名前からして水系統の魔法だよな畜生めっ!)
豪雨の時に水系統を操れる魔法使いと戦う。これ以上にヤバい事は無いと言っても過言じゃない。
此処では勝ち目が一切無いと悟り、脇目も振らずに全力疾走し――立ち塞がる無数の水の鎌が次々と押し寄せる……!? やべぇ、圧殺される――!?
「右、左、翔んで走って窓を突き破って――!」
咄嗟に、シスター・アリシエルに言われた通りに反射的に行動して次々と襲い掛かる水の鎌を回避し、窓に向かってライダーの如くジャンプキックかまし、見知らぬ住宅に不法侵入する羽目となる。
(……幸いな事に家は留守か)
状況確認しながら、突き破った窓から一目散に離れて別室に行く。
どうせなら奴を見下ろせる二階が良い。階段を見つけて昇っていく。
「いい迷惑です。とばっちりもいい処じゃないですか!」
「本当にすみませんでした!! 助けてください!!」
「それよりも、雨天時に水系統の能力とか史上最悪の組み合わせですよ、どうするんですか?」
未だお姫様抱っこしたまま、この腕の中に寛いでいる彼女に、笹瀬川ユウは言葉を詰まらせる。
この手の相手は魔法そのものも水で構築されているケースが多く、物理的な攻撃しか持たない笹瀬川ユウの超能力ではダメージを与えられない可能性がある。
「本体を叩くのが一番だが、遠距離型であってもこの手の能力は本体が近くにあると異常な性能を発揮する可能性が多い。まずは相手の魔法がどういう性質なのか、注意深く探らなければならないな」
「手に負えなかったら雨が止むまで籠城してみる?」
「籠城出来るほどか弱い能力なら良いんだがな」
彼女を優しく地面に下ろし、超能力の装着を解いて自分の前に配置させる。
今から二階の窓から襲撃者であるラオウを見下ろす形となるので、攻撃を誘発させて手の内を探るとしよう。
細心の注意を払って窓に近寄ろうとし――無数の水の弾丸が窓を蜂の巣にして此方に迫る……!
「うおおおおおおおおおおおおおおお――?!」
ひたすら殴って殴って打ち払い、防ぎ切る。
だが、またもや窓が開いてしまい、雨が部屋内に入り込み――大量の水分が、奴の魔法が構築する。
予想通り、水をそのまま操る魔法だ。
(水分を利用する事で、一般人にも見える類の魔法か。それなら魔法以外の物理攻撃が通用するが……)
一応試してみよう。廊下の片隅にある花瓶に手を伸ばし、逆に握り返される……?!
(しまった、花瓶の中に入っていた水が奴の手に……!?)
此方の超能力の腕に爪が食い込むが、遠距離型の魔法のためかパワーは弱く、構わずそのまま花瓶を奴に向かって全力投球する。
「――痛ッッ! しかも意味ねぇ……!?」
水の爪によって此方の超能力の腕が割かれ、少なからず裂傷を刻まれて負傷したが――予想通り、花瓶がぶつかって水分で形成された水の人形が弾けて、あっという間に元通りになった。
物理的な攻撃じゃダメージは一切無いのは明白だった。
「うーん、打つ手が無いわねぇ。降参してみる?」
「白旗振って助かるならするけどな。……この魔法は相手にするだけ無駄なようだ」
「諦めが早いですね。それで、で、どうするんですか?」
敵の戦力を改めて分析し直す。
この魔法は自動操縦型ではなく、手動操作の類のようだ。機械的な自動さではなく、人間的なムラを感じる。
そして――我が超能力『エメラルド・グリーン』をステルスにして、奴の背後に忍び寄らせて、ラッシュで攻撃する。
「ッッ!? ――!」
相手は気づかずに殴り込まれ、背後に反撃の水鎌を縦横無尽に振るって家の廊下の一部を凄惨に切り刻む。
避け切れずに右胸が裂傷し、白い制服に血が滲む。だが、それなりの成果はあった。
「このヤツの本体は水のバリアとかは無い」
「ふむふむ、それで?」
「セオリー通りに攻略する。本体を叩く」
「その本体まで辿り着く道筋がかなり無茶があると思いますけど。あの能力、雨降っている外の方が絶対厄介ですよ?」
「ああ、俺達では手詰まりだ。オレ達ではな――」
「ふむ、裏切り者の分際で中々粘るじゃないかァ」
ラオウは必死に足掻く笹瀬川ユウ達を追い詰めながら、時折水弾を送って追撃する。
屋外で仕留められなかったのは手酷い痛手だったが、この豪雨が続く中、彼の魔法は水を得た魚のように暴れ回れる。
雨天時限定だが、その状況下なら無敵に近い戦闘力を誇る。それが彼の魔法『ウォーター・マリオネット』である。
「つくづく惜しい能力だ。本来なら、コッケン神父の役に役立てただろうに――」
同じ仲間として期待していただけに落胆は大きい。
大恩あるコッケン神父を裏切るなど、許されざる反逆行為であり――同じ裏切り者のシスター・アリシエルと一緒に殺してやるのがせめてもの情けである。
微塵の容赦も無く、油断も無く、されどもラオウは自身の勝利を確信している。もう連中は自分の下まで来られず、決して破壊出来ない流形の魔法に敗れるのみ。
――其処に驕りも侮りも確かに無かった。
それでも数キロ先の上空から放たれた桃色の極太光線の狙撃など、誰が予想して回避出来ようか――。
「ギイィイイイイイイイィアアアアアアアアアアアアアァ――ッッ!?」
砲撃魔法は、ラオウの意識を一撃の下にノックアウトさせ――彼を長距離狙撃した張本人は十数秒後にその地に降り立った。
「笹瀬川君、大丈夫!?」
現れたのは風に乗った救援要請を聞いて、文字通り飛んてきたシスター・クレアだった。
敗因を敢えて述べるとすれば、魔法と超能力は別物だった。それに尽きる。
シスター・アルシエルの聖なる炎が一際強く、輝き始める。
「デモニッシュコード・セイントクロスオーバードライブ!! 灼熱地獄・大曼荼羅!!」
押し寄せる絶望の波を、赤い炎が猛然と焼き尽くす。十字架のハンマーを振り回す度に炎が刃となって切り裂いていく。
「これで、ラストォー!!」
ドカン! と盛大に鳴り響いて長い夜は終わり、一時の安らぎが訪れる。
教会に帰還し、気を失ったフェルミナ・ストラトスを一室のベッドに眠らせる。
これから彼女は、数々の苦難にぶち当たるだろう。途中で折れてしまうかもしれない。絶望して自ら生命を絶ってしまうかもしれない。
ただでさえ自ら生命を断つ選択をしたばかりだ。幾ら教会といえど自殺を止めれる気がしないのだが――。
司祭級シスターは言う。
「起きているのだろう? フェルミナ・ストラトス」
ぴくり、と――フェルミナ・ストラトスは司祭級シスターの言葉に反応してしまう。
周囲の皆も一斉に視線を集中させる。
「死ねなくて残念だね、フェルミナ」
「……どうして、助けたのですか? 私に、生きる価値なんか――」
司祭級シスターは皮肉気に笑い、フェルミナ・ストラトスはゆっくりと目を開けて司教シスターを睨む。
(おいおい、挑発してどうするんだよ? 立ち直させる気は零か?)
「死ぬのはいつでも出来る。死という『安楽』に逃避する事は絶対に許されない。――生きて償え。苦しみ悶えた末に無様に死ね。それが私の復讐だ」
――それが、ゼロから悲惨な目にあってきた人々を救い続けたコッケン神父への弔いの挽歌。
ぽろり、と。フェルミナ・ストラトスかの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「……どうやって、償うのですか? 私は――」
「そんなの自分で考えろ。そもそも私は『罪』だ『罰』だの執着出来ない性質なんでね。むしろ踏み倒す側だ。――死で『罪』が清算出来ると思うなよ?」
言いたい事を言い終わって『司教シスター』は退出しようとし、通信のガラス玉の音が鳴り響いた。
各々に視線を送り、首を傾げ、首を振り――フェルミナ・ストラトスは、震えながらそのガラス玉を取り出した。
「コッケン神父の……?」
一体誰から――?
司教シスターの方に視線を送り、彼女は無言で頷く。その配慮に感謝して、意を決して非通知の通信を取る。
「――誰だ?」
『……笹瀬川ユウか? 私の通信ガラス玉を回収したという事は、事は片付いたようですね』
「は?」
――『私』、だと……!? それにこの声は――だが、貴方は。
「……コッケン神父? 馬鹿な。貴方は、死んだ筈じゃ――!?」
『――? 寸前の処で自身の死を偽装し、辛くも逃走に成功したのは良いが、意識不明の重傷でしてね。今まで連絡出来なかった。仲間に探し当てて貰わなければ死んでいた処だ』
……思い出す。
確かに朝一番に非通知で此方の携帯に掛かって来て、コッケン神父の生存を信じて赴いた奴が居た。
あの野郎、無事なら連絡の一つや二つ、即座に寄越せっつーの……!
『……気のせいか、話が食い違っている……? まさか奴から連絡が行ってないのか……!?』
珍しく慌てた口調のコッケン神父は、自身が『死亡確認』されていた事に漸く気づく。
「……良かったッ! 生きているなら連絡してください」
涙を流しながら、笑う。
彼が生きていて良かったと、心から喜ぶように――。
「あー、しかし疲れた。面倒事は本当に嫌だわ」
教会で焙茶を飲みながら『司教シスター』は呆れた表情をし、アロハシャツという謎のチョイスの私服をしてけたけた笑う。
「教会なのに、和食か」
席に付いて不思議な気分になりながらテーブルの上に用意された朝食を見ていた。
ほっかほかの白飯に味噌汁、そして鮭の焼身に出汁巻き玉子をアルシエルが運んでくる。
「シスター・アルシエル、シスター・フェルミナは……」
「色々ありましたし、今は、ね」
運び終わり、全員が席に着く。
『いただきます』
手を合わせて合唱する。おお、出汁巻き玉子うめぇ。舌の上でとろりと蕩けやがる!?
これは御飯が進む。他の皆も感心したように食べ、シスター・アリシエルは誇るように胸を張っていた。
「あーあ、雨なんてツイてねぇなぁ」
王都へ買い出しに行って、店の外に出ると大雨となっている現状を見て、笹瀬川ユウはうんざりとした表情で呟いた。
「天気予報を見ていなかったんですか? 入りますか? お願いしますって言うなら入れてあげないこととも無いですけどぉ?」
ずぶ濡れ確定だと覚悟した直後、一緒に来たシスター・アリシエルが、がこれ見よがしに赤い傘を開いてにんまり笑う。
「ぐ、ぬぬぬ」
「嘘、嘘ですよ。一緒に傘に入りましょう」
意地悪を言ってごめんなさい、と笑って相傘の形で、笹瀬川ユウ達は雨の中を歩く事となった。靴が濡れないように雨溜りを避けながら、傘がある範疇を歩みながら――。
「……はぁ、こういう雨の日は良い思い出が全く無いなぁ」
「雨なんて好きな人種は非常に奇特だと思いますけど?」
「別に好き嫌いは無かったんだが――俺の超能力の関係で」
「炎の魔法使いが、水を苦手にするような感じですかね」
「それが一番近い、それに……」
「――雨は良い世界だ。日々蓄積した心の鬱憤が一斉に洗われるような世界にさせてくれる。雨天の中に傘を差さずに打たれる自由もある、これは何のフレーズだったかねェ? 即ち、雨は良い世界ということだ」
超能力者に襲われた苦い経験があって、嫌な予感しか思い浮かばない。
例に漏れず、黄色い雨合羽を被った変哲のある青年が、独特なポーズをとって立っていた。
この見るからに解り易い目の前の変質者には、予感どころか確信しか湧いて来ない。
「……何者だ?」
「コッケン神父の友だちさ。名前はラオウ・シュラマルだが、まぁそんなのはどうでもいい」
黄色い雨合羽の男との間合いは十五メートル余り、近接型ではなく、遠距離型だと思われるが、この雨だ。最悪の予感が的中しない事を祈るばかりである。
最悪を想定して逃走経路を確認する。現在のこの場所は閑静な住宅街であり、逃げ込むなら民家しかない。
無関係な者を巻き込むのは非常に申し訳無いが、此方は生死に関わる問題なのでそうは言ってられない。
「残念だよ、君には少なからず期待していたんだがね? 教会の新入り君」
「? 一体何の事だ?」
「しらばっくれる気か。堂々とあの小娘を助けようとするなんて、気づかないとでも思ったのかい?」
……何か、致命的な勘違いをされている気がする。
隣のシスター・アリシエルに視線を送り、彼女は小さく頷く。この状況が非常にまずい事は彼女も見抜いている。
「――裏切り者には死を。いつの世も不変の摂理な世界だッ!! 魔法発動ッッ! ウォーター・マリオネット!!」
背後から気配を察知し、超能力を装着し、シスター・アリシエルを所謂お姫様抱っこして最寄りの民家を目指して突っ走る。
――赤い傘が両断される。水で構築された二つの鎌が其処にはあった。
(くそっ、やっぱりか! 名前からして水系統の魔法だよな畜生めっ!)
豪雨の時に水系統を操れる魔法使いと戦う。これ以上にヤバい事は無いと言っても過言じゃない。
此処では勝ち目が一切無いと悟り、脇目も振らずに全力疾走し――立ち塞がる無数の水の鎌が次々と押し寄せる……!? やべぇ、圧殺される――!?
「右、左、翔んで走って窓を突き破って――!」
咄嗟に、シスター・アリシエルに言われた通りに反射的に行動して次々と襲い掛かる水の鎌を回避し、窓に向かってライダーの如くジャンプキックかまし、見知らぬ住宅に不法侵入する羽目となる。
(……幸いな事に家は留守か)
状況確認しながら、突き破った窓から一目散に離れて別室に行く。
どうせなら奴を見下ろせる二階が良い。階段を見つけて昇っていく。
「いい迷惑です。とばっちりもいい処じゃないですか!」
「本当にすみませんでした!! 助けてください!!」
「それよりも、雨天時に水系統の能力とか史上最悪の組み合わせですよ、どうするんですか?」
未だお姫様抱っこしたまま、この腕の中に寛いでいる彼女に、笹瀬川ユウは言葉を詰まらせる。
この手の相手は魔法そのものも水で構築されているケースが多く、物理的な攻撃しか持たない笹瀬川ユウの超能力ではダメージを与えられない可能性がある。
「本体を叩くのが一番だが、遠距離型であってもこの手の能力は本体が近くにあると異常な性能を発揮する可能性が多い。まずは相手の魔法がどういう性質なのか、注意深く探らなければならないな」
「手に負えなかったら雨が止むまで籠城してみる?」
「籠城出来るほどか弱い能力なら良いんだがな」
彼女を優しく地面に下ろし、超能力の装着を解いて自分の前に配置させる。
今から二階の窓から襲撃者であるラオウを見下ろす形となるので、攻撃を誘発させて手の内を探るとしよう。
細心の注意を払って窓に近寄ろうとし――無数の水の弾丸が窓を蜂の巣にして此方に迫る……!
「うおおおおおおおおおおおおおおお――?!」
ひたすら殴って殴って打ち払い、防ぎ切る。
だが、またもや窓が開いてしまい、雨が部屋内に入り込み――大量の水分が、奴の魔法が構築する。
予想通り、水をそのまま操る魔法だ。
(水分を利用する事で、一般人にも見える類の魔法か。それなら魔法以外の物理攻撃が通用するが……)
一応試してみよう。廊下の片隅にある花瓶に手を伸ばし、逆に握り返される……?!
(しまった、花瓶の中に入っていた水が奴の手に……!?)
此方の超能力の腕に爪が食い込むが、遠距離型の魔法のためかパワーは弱く、構わずそのまま花瓶を奴に向かって全力投球する。
「――痛ッッ! しかも意味ねぇ……!?」
水の爪によって此方の超能力の腕が割かれ、少なからず裂傷を刻まれて負傷したが――予想通り、花瓶がぶつかって水分で形成された水の人形が弾けて、あっという間に元通りになった。
物理的な攻撃じゃダメージは一切無いのは明白だった。
「うーん、打つ手が無いわねぇ。降参してみる?」
「白旗振って助かるならするけどな。……この魔法は相手にするだけ無駄なようだ」
「諦めが早いですね。それで、で、どうするんですか?」
敵の戦力を改めて分析し直す。
この魔法は自動操縦型ではなく、手動操作の類のようだ。機械的な自動さではなく、人間的なムラを感じる。
そして――我が超能力『エメラルド・グリーン』をステルスにして、奴の背後に忍び寄らせて、ラッシュで攻撃する。
「ッッ!? ――!」
相手は気づかずに殴り込まれ、背後に反撃の水鎌を縦横無尽に振るって家の廊下の一部を凄惨に切り刻む。
避け切れずに右胸が裂傷し、白い制服に血が滲む。だが、それなりの成果はあった。
「このヤツの本体は水のバリアとかは無い」
「ふむふむ、それで?」
「セオリー通りに攻略する。本体を叩く」
「その本体まで辿り着く道筋がかなり無茶があると思いますけど。あの能力、雨降っている外の方が絶対厄介ですよ?」
「ああ、俺達では手詰まりだ。オレ達ではな――」
「ふむ、裏切り者の分際で中々粘るじゃないかァ」
ラオウは必死に足掻く笹瀬川ユウ達を追い詰めながら、時折水弾を送って追撃する。
屋外で仕留められなかったのは手酷い痛手だったが、この豪雨が続く中、彼の魔法は水を得た魚のように暴れ回れる。
雨天時限定だが、その状況下なら無敵に近い戦闘力を誇る。それが彼の魔法『ウォーター・マリオネット』である。
「つくづく惜しい能力だ。本来なら、コッケン神父の役に役立てただろうに――」
同じ仲間として期待していただけに落胆は大きい。
大恩あるコッケン神父を裏切るなど、許されざる反逆行為であり――同じ裏切り者のシスター・アリシエルと一緒に殺してやるのがせめてもの情けである。
微塵の容赦も無く、油断も無く、されどもラオウは自身の勝利を確信している。もう連中は自分の下まで来られず、決して破壊出来ない流形の魔法に敗れるのみ。
――其処に驕りも侮りも確かに無かった。
それでも数キロ先の上空から放たれた桃色の極太光線の狙撃など、誰が予想して回避出来ようか――。
「ギイィイイイイイイイィアアアアアアアアアアアアアァ――ッッ!?」
砲撃魔法は、ラオウの意識を一撃の下にノックアウトさせ――彼を長距離狙撃した張本人は十数秒後にその地に降り立った。
「笹瀬川君、大丈夫!?」
現れたのは風に乗った救援要請を聞いて、文字通り飛んてきたシスター・クレアだった。
敗因を敢えて述べるとすれば、魔法と超能力は別物だった。それに尽きる。