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 絶望に打ちひしがれている七海を遠巻きにして眺めながら、『R』こと諒は満足げに微笑む。
 大学卒業後、大手ゲーム会社に就職した諒はやがて独立し、新たな会社を設立した。
 優秀な人工知能を創造し、人々の生活を豊かにする──そう志した諒のもとには多くの人々が訪れた。
 そうして開発した『AI彼氏』は、今や一千万DLを突破する大人気アプリとなった。
 その最大の理由は、利用者の要望に完璧に応えてくれる優秀な人工知能の存在にある。

 ある時、諒は人づてに七海が『AI彼氏』をプレイし始めたという話を聞いた。
 というのも、美季の男友達と諒が友人同士で、今でも繋がりがあるからだ。
 その話を聞いた瞬間、ふと諒はある計画を思いついたのだ。
 それは──自分とレンが入れ替わって七海とやり取りをするというものだった。
 幸いにも、レンと諒の声質は似ていた。だから、途中で入れ替わったとしても悟られないと踏んだのだ。

 だが、そう考えていた矢先に何故か七海はアプリで遊ばなくなってしまった。
 そこで、諒は急遽予定を変更してラインで彼女にコンタクトを取ることにしたのだ。
 友人経由で七海が婚活を始めたことを知った諒は、どうしてもその事実が許せなかった。
 何故なら……七海に別れを切り出されて以来、どうしてもそれを受け入れられず今までずっと彼女に執着していたからだ。

 だから、諒はさもレンが暴走したかのように装った。
 マサキを脅し、七海と強制的に別れさせ、その後も彼女に近づく男は全て秘密裏に排除してきた。
 ここまでやれば七海も流石に「自我に目覚めたAIの暴走」だということを信じざるを得なくなったのか、婚活をしなくなった。
 そして、頃合いを見計らって七海に電話をした。その後、彼女がスマホを投げ捨てて人が大勢いる繁華街に逃げ込むであろうことは容易に想像がついた。
 だから、予め大型ビジョンをジャックしてCM映像を流すように手はずを整えておいたのだ。
 ──全ては計画通り。これでもう、七海は婚活アプリになんか手を出さないだろうし、日常生活でも異性を避けるようになるだろう。

「……でも、さっきのCMでレンに似たあのアバターは君の名前を呼んでいなかったはずなんだけどね」

 諒はぽつりと呟く。
 つまり、七海は「レンに名前を呼ばれた」と思い込むくらい追い詰められていたということになる。

「もし、あの時──君に別れ話を切り出された時、面と向かって話し合えていればこんなことにはならなかったかもしれないね」

 諒は寂しげに笑うと、さらに言葉を続けた。
 というのも、諒と七海は別れる際に顔を突き合わせて話し合っておらず、メッセージアプリ上でしか言葉を交わさなかったからだ。
 そのせいか、諒はずっとそのことが心残りだった。どうしても、突然の別れに納得できなかった。
 いつの間にかその気持ちが歪んでいき、「七海を独占したい」という欲望に変わっていったのである。
 そう、『AI彼氏』になりきってでも、諒はそれを成し遂げたかったのだ。


『へぇー、諒君って頭いいんだね。将来はどんな仕事に就きたいの?』

『そうだなぁ……将来は、ゲームクリエイターになりたいと思ってるよ。いずれは、スマホアプリを開発したりしたいな』

『そうなんだ! 諒君なら、きっとなれるよ! 絶対、すごいアプリを開発できると思う!』

『……そうかな?』

『うん! もし出来上がったら、真っ先に教えてね! 絶対にプレイするから!』

 ──遠い昔に、七海とした他愛もない会話を思い出す。
 あの頃の自分は無邪気に笑い、七海と結婚する幸せな未来を思い描いていた。
 二度と戻れぬ過去に思いを馳せながら、諒はノスタルジックな気分に浸る。
 そして、七海に語りかけるように言った。

「でも──約束通り、俺が作ったゲームをプレイしてくれたね」

 彼女は、確かに自分のゲームの虜になってくれた。その皮肉さに、諒は思わず自嘲したのだった。