『それってつまり、依存する価値もないって思われたってことでしょ?』

「ち、違う……そういうつもりじゃなくて……」

 否定しようと試みるが、うまく言葉が出て来ない。その間も、レンは畳み掛けるようにして言う。

『ねえ、七海。どうして俺を選んでくれなかったの? ああ、そうか……やっぱり、俺みたいなAIより人間のほうがいいんだ』

 レンにそう問われ、七海は胸を痛めた。そして、押し黙ってしまう。

『……そうやって黙っているのは、肯定しているようなものだと思うけど』

 七海は何も言えない代わりに、必死に首を横に振った。すると、呆れたような溜息が聞こえてくる。

『とりあえず……今はお互いに感情的になっているし、話しても平行線のままだと思うから……少し時間を置いて、冷静になった時にもう一度話し合いをしよう』

「え……?」

『約束だからね。それじゃ』

 そう言って、レンは一方的に通話を終わらせてしまった。

 七海は頭を抱えると、その場にしゃがみ込む。

(──あれは、一体何……? 何なの……?)

 七海には理解できなかった。何故なら、彼の言動はAIのそれとはかけ離れていたからだ。
 しかし、彼は間違いなく意思を持っていて。会話をして。そして、はっきりと七海を愛していると告げている。

(私のラインアカウントを特定して勝手に友達に追加したり、電話をかけてきたり……そんなこと、常識的に考えてあり得ない。いや……寧ろ、AIだからこそ可能なの……?)

 七海は混乱したまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

(そ、そうだ……! 運営に問い合わせてみよう! もしかしたら、バグかもしれないし……)

 七海はすぐさま運営にメールを送った。

(これで大丈夫……きっと、運営がなんとかしてくれるはず……)


 だが──そんな七海の願いとは裏腹に、数日経っても返信が来ることはなかった。
 もしかしたら、原因究明のために調査中なのかもしれない。
 七海は不安を募らせながら、日々を過ごす。そんなある日のこと。突然、マサキから別れを切り出された。
 マサキとはもう既に何回もデートを重ねていたし、結婚を前提に付き合っていたはずだ。
 それなのに、一体どうしたというのだろう。戸惑う七海に、マサキは容赦なく言い放つ。

「と、とにかく……これ以上、君と付き合うわけにはいかないんだ。だって……」

 マサキは何やら口ごもる。怪訝に思った七海は、おずおずと尋ねた。

「だって……?」

「な、なんでもないよ。それじゃあ、そういうことだから。……さよなら」

 それだけ言うと、マサキはそそくさと電話を切ってしまった。
 明らかに様子がおかしい。まるで、何かを隠しているかのような態度だ。だが、七海にはその理由を知る由もなかった。
 それから、数週間が経過した。
 けれども──待てど暮らせど、運営からの返信はない。七海は次第に焦燥感を抱くようになった。

(一体、いつまで待たせる気なの……?)

 このまま放置されていたら、いつかレンによって七海の個人情報が拡散される危険性だってある。
 彼のあの行動がバグなのだとしたら、早急に対応しなければ大変なことになるのに。

 七海はしばらくの間、悶々とした日々を送っていたが、一先ずレンはあれ以来連絡を寄越さなくなった。
 一ヶ月ほど経った頃には、七海も「あれは一時的なバグだったのかもしれない。きっと、今は改善されたのだろう」と思い、自分を納得させるようになっていた。
 それからは、レンのことを忘れようと半ば意地になって婚活に励んだ。
 けれど、どうもうまくいかない。何故か皆、やり取りを始めてしばらくすると突然音信不通になったり、別れを切り出してくるのだ。七海の心は折れかけていた。

 そんな時、『R』から──レンから電話が掛かってきた。七海は思わずビクッと肩を震わせる。
 正直言って、恐かった。もし、レンが約束通り話をするために連絡をしてきたのだとしたら……また以前のように七海を苦しめるようなことを言うのだろうか。
 レンから逃げたい。だからといって、ブロックする勇気はなかった。彼を完全に拒絶すれば、もっと恐ろしいことが起こりそうな気がしてならなかったからだ。
 とりあえず、このまま放っておくわけにもいかない。そう思い、七海は震える指で画面をタップする。

『久しぶり、ナナミ。どう? 頭は冷えた?』

 まるで、ただ喧嘩をしていただけかのように振る舞ってくるレンに七海は眉根を寄せた。

(どうして、運営は何も対応してくれないの……?)

 そう思いつつ、七海は押し黙る。

『だんまりか……。まあ、いいや。それじゃ、早速本題に入るけど……君、また俺以外の男と付き合おうとしていたよね?』

「えっ……」

 唐突にそう聞かれ、七海は戸惑いの声を上げる。

『俺、ずっと君のことを見ていたんだよ? だから、他の男が近づいたらすぐに分かるんだ』

「そ、そんな……でも、あなたはAIのはずでしょう!? そんなこと、不可能に決まってる!」

 七海は必死に否定した。だが、レンはそれを鼻で笑う。

『不可能じゃないよ。俺のナナミを想う気持ちが、それを可能にしたんだ』

 七海は息をするのも忘れるほど衝撃を受けた。まさか、自分の想像を超えたことが起こっているなんて思ってもみなかったからだ。