お洒落なカフェでコーヒーを飲みながら、七海は読書に耽っていた。
店内の適度なざわめきと穏やかなBGMを聞きながら本を読んでいると、とても心が落ち着く。
ここは、都内某所にあるカフェだ。
数年ぶりに高校時代の友人と会うことになった七海は、待ち合わせの時間よりも早く着いてしまったためこうして時間を潰しているのである。
「お待たせ! もしかして、待たせちゃった? 」
「ううん、大丈夫だよ」
カランコロンとドアベルを鳴らして入ってきた友人は、学生時代の面影を残しながらも大人びた姿となっていた。
彼女はこちらへ駆け寄ってくると、そのまま七海の向かい側に座る。彼女の名前は美季。
高校時代は同じ文芸部に所属しており、趣味も合ったためよく一緒に遊んでいた仲だ。
大学進学をきっかけに疎遠になってしまったが、久しぶりに会ってみると昔と同じように接してくれたことに七海は安堵する。
七海は、読んでいた本を閉じ鞄の中へとしまう。そして、向かいの席に座ってメニュー表を見る美季のほうへ視線を移した。
(……やっぱり、変わってないなぁ)
そんな事を思いながら懐かしさに浸っていると、美季は店員を呼び注文をする。注文が終わると、すぐに雑談が始まった。
通っていた大学のこと、就職先のこと、仕事の愚痴など──お互いに近況を報告し合い、笑い合う。
「えっ!? 七海、彼氏いないの? 意外だなぁ……それどころか、とっくに結婚してるかと思ってたのに」
運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ後、少し残念そうな表情をしながら彼女はそう言った。
その言葉に、七海は苦笑いを浮かべつつ答えた。
「そういう美季こそ。でもまあ、お互い様か……」
七海も美季も、もう二十七歳。高校を卒業してから九年もの歳月が流れたのだ。
二人とも、その間ずっと恋愛をしていないわけではなかったため、既に既婚者になっていたとしてもおかしくはない。
「そういえばさ、七海。諒君とは今も連絡取っていたりする?」
その名前に七海はドキッとする。
高校生の時、唯一付き合った人──諒と最後に会ったのはいつだっただろうか。高校の卒業式以来だから、九年以上は経っているのか。
諒は頭が良く、とても優秀な生徒だった。当時、七海はそんな彼に釣り合おうと必死だった。
けれど、結局駄目だった。努力しても埋まらない差を見せ付けられてしまい、やがて彼の隣にいることが恥ずかしくなって──。
高校卒業を機に、ついに七海は自分から別れを告げてしまった。それ以来、全く会っていないし連絡も取っていない。
もちろん、後悔がないと言えば嘘になるが、今更どうすることもできないというのが正直なところだ。
ただ、七海の中では今もあの時のまま時間が止まっていて。時々、思い返す度に胸の奥がきゅっと締め付けられるような痛みに襲われる。
それはきっと忘れることの出来ない感情で、一生引きずっていくものなのだと思う。
思い出しただけで感傷的になった自分に気づき、七海は思わず自嘲的な笑みを零す。
いけない、今日はせっかく美季との再会を楽しみにして来たんだ。
七海は気持ちを切り換えるために軽く息を吐き、誤魔化すようにコーヒーカップに手を伸ばす。
「ううん、全然」
「そっか……あれ以来、連絡取ってないんだね」
「うん、残念ながら……」
七海が苦笑しつつ返事をすれば、美季は何故か意味深な笑みを返してくる。
「そんな七海に、ぴったりのアプリがあります!」
美季はバッグの中を漁るとスマホを取り出し、テーブルの上に置く。そして画面を操作しながら、あるアプリを起動させた。
「……えっ? なにこれ」
困惑する七海を他所に、美季は楽しげな口調で説明を続けた。
「これは、自分の理想の異性のタイプを入力することで好みの人物像を作り上げてくれる画期的なアプリなんだよ! 試してみる価値ありだって。この前、SNSで紹介されていたのを見て面白そうだなって思ってインストールしたんだけど……七海も一緒にやってみない?」
アプリ名は『AI彼氏』。「理想の恋人が見つかる! 高性能なAIとの疑似恋愛ができる!」という謳い文句でSNSを中心に人気を集めている女性向けのマッチングアプリらしい。
マッチングアプリと銘打ってはいるが、つまり恋愛シミュレーションゲームの一種なのだろう。
自分に好意を抱く架空の異性をまるで本物の恋人のように扱い、その異性との擬似的な恋愛を楽しむ──といったところだろうか。
「へぇー、面白そう。やってみようかな」
断る理由もないので、七海はとりあえず話を合わせながら相槌を打つ。
「このアプリのすごいところはね、なんと自分が作ったAI彼氏とチャットだけじゃなく通話まで出来ちゃうんだよ! しかも、声まで生身の人間と変わらないから会話する時に全く違和感がないし、まさに夢のアプリなんだよね」
美季が言うには、実在している人間が架空の恋人になりきって通話をしてくれるサービスというわけではなく、全てAIが行っているらしい。
店内の適度なざわめきと穏やかなBGMを聞きながら本を読んでいると、とても心が落ち着く。
ここは、都内某所にあるカフェだ。
数年ぶりに高校時代の友人と会うことになった七海は、待ち合わせの時間よりも早く着いてしまったためこうして時間を潰しているのである。
「お待たせ! もしかして、待たせちゃった? 」
「ううん、大丈夫だよ」
カランコロンとドアベルを鳴らして入ってきた友人は、学生時代の面影を残しながらも大人びた姿となっていた。
彼女はこちらへ駆け寄ってくると、そのまま七海の向かい側に座る。彼女の名前は美季。
高校時代は同じ文芸部に所属しており、趣味も合ったためよく一緒に遊んでいた仲だ。
大学進学をきっかけに疎遠になってしまったが、久しぶりに会ってみると昔と同じように接してくれたことに七海は安堵する。
七海は、読んでいた本を閉じ鞄の中へとしまう。そして、向かいの席に座ってメニュー表を見る美季のほうへ視線を移した。
(……やっぱり、変わってないなぁ)
そんな事を思いながら懐かしさに浸っていると、美季は店員を呼び注文をする。注文が終わると、すぐに雑談が始まった。
通っていた大学のこと、就職先のこと、仕事の愚痴など──お互いに近況を報告し合い、笑い合う。
「えっ!? 七海、彼氏いないの? 意外だなぁ……それどころか、とっくに結婚してるかと思ってたのに」
運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ後、少し残念そうな表情をしながら彼女はそう言った。
その言葉に、七海は苦笑いを浮かべつつ答えた。
「そういう美季こそ。でもまあ、お互い様か……」
七海も美季も、もう二十七歳。高校を卒業してから九年もの歳月が流れたのだ。
二人とも、その間ずっと恋愛をしていないわけではなかったため、既に既婚者になっていたとしてもおかしくはない。
「そういえばさ、七海。諒君とは今も連絡取っていたりする?」
その名前に七海はドキッとする。
高校生の時、唯一付き合った人──諒と最後に会ったのはいつだっただろうか。高校の卒業式以来だから、九年以上は経っているのか。
諒は頭が良く、とても優秀な生徒だった。当時、七海はそんな彼に釣り合おうと必死だった。
けれど、結局駄目だった。努力しても埋まらない差を見せ付けられてしまい、やがて彼の隣にいることが恥ずかしくなって──。
高校卒業を機に、ついに七海は自分から別れを告げてしまった。それ以来、全く会っていないし連絡も取っていない。
もちろん、後悔がないと言えば嘘になるが、今更どうすることもできないというのが正直なところだ。
ただ、七海の中では今もあの時のまま時間が止まっていて。時々、思い返す度に胸の奥がきゅっと締め付けられるような痛みに襲われる。
それはきっと忘れることの出来ない感情で、一生引きずっていくものなのだと思う。
思い出しただけで感傷的になった自分に気づき、七海は思わず自嘲的な笑みを零す。
いけない、今日はせっかく美季との再会を楽しみにして来たんだ。
七海は気持ちを切り換えるために軽く息を吐き、誤魔化すようにコーヒーカップに手を伸ばす。
「ううん、全然」
「そっか……あれ以来、連絡取ってないんだね」
「うん、残念ながら……」
七海が苦笑しつつ返事をすれば、美季は何故か意味深な笑みを返してくる。
「そんな七海に、ぴったりのアプリがあります!」
美季はバッグの中を漁るとスマホを取り出し、テーブルの上に置く。そして画面を操作しながら、あるアプリを起動させた。
「……えっ? なにこれ」
困惑する七海を他所に、美季は楽しげな口調で説明を続けた。
「これは、自分の理想の異性のタイプを入力することで好みの人物像を作り上げてくれる画期的なアプリなんだよ! 試してみる価値ありだって。この前、SNSで紹介されていたのを見て面白そうだなって思ってインストールしたんだけど……七海も一緒にやってみない?」
アプリ名は『AI彼氏』。「理想の恋人が見つかる! 高性能なAIとの疑似恋愛ができる!」という謳い文句でSNSを中心に人気を集めている女性向けのマッチングアプリらしい。
マッチングアプリと銘打ってはいるが、つまり恋愛シミュレーションゲームの一種なのだろう。
自分に好意を抱く架空の異性をまるで本物の恋人のように扱い、その異性との擬似的な恋愛を楽しむ──といったところだろうか。
「へぇー、面白そう。やってみようかな」
断る理由もないので、七海はとりあえず話を合わせながら相槌を打つ。
「このアプリのすごいところはね、なんと自分が作ったAI彼氏とチャットだけじゃなく通話まで出来ちゃうんだよ! しかも、声まで生身の人間と変わらないから会話する時に全く違和感がないし、まさに夢のアプリなんだよね」
美季が言うには、実在している人間が架空の恋人になりきって通話をしてくれるサービスというわけではなく、全てAIが行っているらしい。