次に目が覚めた時、真っ先に視界に映ったものは、見覚えのある天井だった。

ーーー……ハァ、ハァ、ハァ…。ーーー

湿った息遣いが自分の喉から漏れ出ていると気づくのに、かなりの時間を要したと思う。

嗅ぎ慣れた(にお)い。寝心地の良くない安いベッド。家具もカーテンも汚れた壁紙も、床に散乱する大量のプラトレーや、空のブリスターパックも、間違いない。

「……俺の、部屋だ……。」

顔と体中から噴き出す脂汗の不快さ。小汚く散らかった室内の鮮明さ。どくどくとうるさい鼓動を繰り返す心臓の痛みも。間違いない。リアルだ。目が覚めたんだ。

「………なんだ………。」

…それにしても酷い目に遭った。
まさか夢の中で夢を見るなんて。
ここしばらく安定していたと思っていたが、油断した。知らない内に精神的なストレスが溜まっていたんだろう。

カーテンの隙間から差し込む西日が憎い。
いつもなら「こんな酷い思いをしたんだからもう5分だけ寝かせろ」と()汚くなるところだが、幸か不幸か、今の俺には再び夢の中へ戻る勇気はなかった。

鉛でも入れられたかのように動きの鈍い体を、ベッドから起こす。
重い脚を無理矢理ベッドの外へ下ろす。

その時だ。

床に着いた足のそばに、奇妙な物があることに気づく。


金槌だ。


所々、赤錆と汚らしい赤黒い液体に塗れた大きな金槌が一本、ベッドの下から伸びているぞ。

ーーー……ハァ、ハァ、ハァ…。ーーー

息遣いが聞こえる。
だが、俺のじゃない。

湿った低い息遣いが、微かに、遥か低い位置から聞こえてくる。

口の中がカラカラになっていく。
ベッド下から伸びる金槌が、ずり…ずり…と重い音を立てて、ゆっくりと這い出してくるではないか。


ーーー覚めろ、覚めろ、覚めろ。


なぜか目を瞑ることができなかった。
ゆっくりと正体を露わにしていく金槌から、どうしたって目が離せない。


ーーー覚めろ、覚めろ、覚めろ。


強く強く念ずれども、頭は不自然に冴え渡っていく。
ここは、夢なのか、現実なのか。
夢の夢の夢ではないのか。

もう何が何だか分からない。
自分が正気か狂ってるのかも分からない。

どんどん大きくなっていく鼓動音に掻き消されないよう、俺は強く強く強く念じる。

あぁ、ひどい。恐ろしい。
これは俺の頭が見せている悪夢に違いない。

そう思いたいのに、情景は一層リアルに俺の網膜に焼きついて…。


ーーー覚めろ、覚めろ、覚めろって言ってんだよ!

ーーー覚め



〈了〉