次に目を開けた時、そこは小学校の廊下ではなかった。
仰向けに寝かされた俺の視界いっぱいに、どこかの天井と、人工的な照明の光があふれる。
「器具はお辛くないですか。」
横になった俺の近くから声がした。
目だけを動かしてすぐ隣を確認すると、白衣を着てマスクで顔を隠した、老年の歯科医師の姿が見えた。
「前歯にお痛みがあるそうですね。」
口を開けた状態で器具で固定されているため、言葉が話せない。どうやら俺は、施術中に居眠りしてしまったらしい。睡眠サイクルが安定しないと、いつどこで睡魔に襲われるか分からない。
それにしてもリアルな嫌な夢だった。
確かに歯医者は楽しい場所ではないから、無意識の恐怖心が夢に現れたのかもしれない。
「それでは、確認していきますね。」
先生は体を少し捻り、器具を手にする。
次に体がこちらへ向けられた時、俺の背筋に悪寒が走った。
先生の左手には、石像の彫刻に使うような極太の鑿が握られ、
右手には、赤黒い液体を纏ったあの金槌が握られていた。
ーーーこれは夢だ!
この時ようやく気付いた。
俺達二人以外の景色には不鮮明なモヤがかかっている。先生の顔も、不自然な逆光で覆い尽くされている。
これは現実じゃない。夢だ。俺は夢の中で、さっきの小学校の夢を見ていたっていうのか。
奴の鑿が、前歯にピッタリと当てられる。
大きすぎる金属が歯と歯茎を押さえつける圧迫感が生々しい。
奴の金槌は、俺の前歯を粉砕することを今か今かと待ち侘びるように、頭上高くへ振りかぶられる。
まずい、まずい、まずい。
ーーー覚めろ、覚めろ、覚めろ。
瞼が痛むくらい、目を強く瞑る。
心の中だけで唱えていた呪文は、無意識に口からも溢れ出る。
「はへろ、はへろ、はへろ。」
奴はひとつ息を吸って
「お痛みがあったら左手を上げてください。」
のような内容のことを言ったが、音域が上下して定まらないひどく歪んだ響きに聴こえた。
口内を圧迫され、器具を押し込まれた状態は物凄く気分が悪くなってくる。
ここが夢だと分かっていても、命の危険を感じてしまう。
ーーー覚めろ、覚めろ、覚めろ。
金槌が、空を裂く音がした。