静かに階段を下りてリビングに行くと、食卓で朝食をとっていた両親が驚いたように瑠奈を振り返った。

「おはよう。体調は大丈夫なの? 昨日は誕生日なのに、引きこもって部屋から全然出てこないから心配してたのよ。せっかくケーキだって買っておいたのに」

 無言で瑠奈を見つめる父とは対照的に、母が一気にまくしたてるように話す。

「わたしの誕生日は昨日だったんだよね……?」

 瑠奈がゆっくりと確かめるように問いかけると、母が眉根を寄せて怪訝そうな顔をした。

「そうよ。何言ってるの、瑠奈ちゃん。一週間前から全然ご飯も食べないし、おかしかったわよね。何かあった? 瑠奈ちゃん、この頃何も話してくれないから――」

 食卓から立ち上がって瑠奈に近付いてくる母をさりげなく避け、キッチンに入って冷蔵庫の麦茶を取り出す。瑠奈の喉をゆっくりと通過していった麦茶はとてもよく冷えていて、生きているのだと実感できた。

 わたしは生きている。十六歳の誕生日を乗り越えられた。予知夢は現実にならなかった。何も起きなかった。

 予知夢の恐怖と絶望感に苛まれてきたこれまでの十六年間は何だったんだろう。

 来るはずのないと思っていた朝を迎えられたことに拍子抜けする瑠奈だったが、時間が経つにつれて少しずつ運命に抗うことができたのだという喜びが湧いてきた。