これまでのやりとりの中で、ツキヒトからリアルで会おうと誘われたことは一度もなかったし、そういう雰囲気を匂わされたこともない。

 顔の見えないリアルとはかけ離れた存在であったからこそ、瑠奈はツキヒトと交流を持つことができた。ツキヒトだって、瑠奈に対してリアルな交流は求めていないと思っていた。だから、戸惑った。

 ツキヒトと一ヶ月以上も交流を続けてきたが、もしかしたら瑠奈は心のどこかで、彼のことをどこにも存在しない透明人間のように感じていたのかもしれない。直接会ってみないかと言われた瞬間に、ツキヒトのイメージが急にリアルな大人の男性として頭の中に浮かんできて、瑠奈の心臓をバクバクと焦らせた。

『ツキヒトさんに直接会うことはできません』

 ツキヒトとの関係は、リアルじゃないから成り立っているのだ。彼が、顔も想像できないような非リアルの存在だからこそなんでも話せる。だから、予知夢の秘密だって打ち明けることができた。

 瑠奈が誘いを断ると、ツキヒトはしつこく食い下がってきた。

『どこかのカフェで誕生日のお祝いにケーキでも食べて、ルナちゃんが気に入ったって言ってた岩礁のある海岸に夕暮れの写真を撮りに行くのはどうかな? 楽しい予定をたてて、怖い予知夢のことなんて忘れてしまえばいいよ。ルナちゃんが死ぬことなんてないんだから』

 ツキヒトのしつこさは、まだ瑠奈が彼との交流を始める前、SNSの投稿写真に毎日コメントを寄せてきたときのしつこさと似ていた。あのときは無視しても毎日コメントを送ってくるツキヒトのことを不審に思っていたけれど、今は彼に対する不信感や恐怖はない。

 だが、ツキヒトがどれほど優しい言葉で励ましてくれても、幼いころからずっと抱え続けてきた瑠奈の恐怖や絶望感が消えることはなかった。