「婚約中は? だめ?」
「……交際中なら、交際中らしいことだけ、です」

 ハタとした様子で、彼が手の力を緩める。

 エリザは顔を再び突き合わせる瞬間を待って、ジークハルトの顔に両手を添え、ふっと身を寄せた。

「お返しです。いえ、仕返しとも言います」
「え――」

 彼の声が、彼女の唇に塞がれた。

 見よう見真似で唇を押し付けてみたら、思った以上に深く口同士が重なっていた。

 やりすぎた、と思ったが不思議と恥ずかしい気持ちはなかった。

 唇を離してみたら、ジークハルトが目を丸くして固まっていた姿が目に留まったからだ。その、相当驚いた様子でエリザは満足した。

「ふふっ、面白い顔になってますよ」
「エリザ……いいんですか?」
「伝わりませんでしたか? 私、気になっていない異性にキスなんてできないですよ」

 彼がどこかの貴族令嬢と結婚することを考えた時、エリザの胸は今とは真逆の気分だった。

 たぶん、それは『盗られたくない』と言った彼と似たような気持ちだったのだと、今になって理解できた。