なんとも贅沢な風呂の使い方だとエリザは思ったものだが、モニカだけでなく他のメイド達も『この方が疲れが取れます』、『この国での風呂の楽しみ方の常識です』などと強くすすめられてしまい、二、三日に一回はするようにしていた。

 フィサリウスが、今度は両手に顔面を押しつけていた。

「薔薇の、花弁……」

 ジークハルトがピタリと止まり、呟く。

「モニカさん達に教えてもらったんです。この国では、疲れを取るために香りのついたお湯に浸かるのはよくあることなんでしょう?」

 エリザは不思議に思い、こちらから見えるジークハルトの明るい栗色の頭へ目を向けた。

「……そう、ですね」
「でもあれって、お湯から出て時に肌にくっついてくるからちょっと苦手なんですよね。新しいお湯で流しちゃだめって言われて、そのままタオルで拭きながら落としているんですけど、結局は指で取ったり」

 ピシリ、とジークハルトの身体が硬直した。

「ストップ。待って待って〝エリオ〟」

 フィサリウスが、強く男性名で呼んできた。

「まずはその話題からいったん離れようか。とりあえず、そっとそこから降りなさい」

 珍しく笑顔が強張り気味で、エリザはこくりと頷いてそれに従う。

「よし、いい子だね。さ、それで少し距離を開けて隣に座って……いいかい、エリオ。あらぬ想像を余計に刺激するから、男の前で、いや人前でそういう話をしちゃいけないってことを、君にはまず覚えて欲しいな」

 この国の常識の話をしただけなのに、不思議だ。

 エリザはそう思いつつ、首を右へと傾げる。

「分かりました」
「うん、全然分かってない顔だね」

 フィサリウスが、再び気絶したルディオを憐れそうに見やった。

「うーん、今夜、いや明日がすごく心配だなぁ……」

 今夜か明日と言えば、ジークハルトの呪いが解ける日だ。

 それなのにどうして心配なのだろうと、エリザは紅茶を飲みながら不思議に思ったのだった。

               ◆