「そんなことはないですよ」

 赤い髪に埋められている彼の唇が、言葉を紡ぐ。

 それがやけにぞくぞくと聴覚からしみ込んできて、エリザは悲鳴を上げそうになった。

(と、というかっ、それ以上くっつかれたら女の子だってバレちゃうんじゃないの!?)

 向かいでフィサリウスは完全に無視して紅茶を飲んでいるが、これは緊急事態ではないだろうか。

 エリザは焦りを覚え、ひとまず見かけは平にしている胸元を死守する。

「あ、あのっ」
「だめですか?」

 すぐそこから、弱った仔犬みたいな雰囲気の声で言われた。

(……そ、そんなこと言われたら私弱いよ!?)

 これまで彼をみてきたせいで抵抗にも出られなくなる。

 本気を出せば『怪力の指輪』でどかせられるだろうけど、公爵令息を怪我させるのもまずいし――。

「えぇと、その、どうして抱擁が必要なのかなぁとか、思ったり……」
「すみません、こうしていると安心するんです」
「……もしかして、不安感を拭うため?」
「はい、そうです。僕は先程頑張ってきたのでまだ不安が残っているんです」