でもこの二年、口にしてこなかった名前でもある。

 必要かな?という思いも込み上げて、王子様に確認した。

「あ、あの……言わなきゃ、だめ?」
「わー、考えていることがとっても顔に出る子だねー。うん、協力者になったのだから、身元を証明するのは当然だと思わない?」

 ――確かに、ド正論、な気がする。

 エリザは悩んだ。なんだか無性に気恥ずかしい気もしてきて、ぐるぐると考えてためらった末に、

「…………え、と……エリザ、です」

 彼女はぽつりと答えた。

「エリザ? 偽名のエリオと語尾違い?」
「はい、そうです」

 答えた途端、フィサリウスが笑い出した。

「あっははは! 君、嘘が付けない子だって言われない?」

 ひどい。

 けれど師匠のゼットから言われたような覚えもあって――思い返しているエリザの百面相を見て、王子様はまた笑ったのだった。

                  ◆

 フィサリウスから話を聞かされたあと、エリザは一人になってようやく小さな驚きがじわじわと遅れてやってきた。

(呪い、だったのかぁ……)

 あんな迷惑極まりない不思議な症状なんて聞いたことがないから、頭の整理をするのに時間はかかったけれど、言われてみれば納得だった。

 どうやらこの国の古い魔法の一つ、みたいだ。

(『まじない』、おまじない……つまり占いの一種、みたいなものなんだろうな)

 結果として本人にろくでもない症状を引き起こさせているので、悪意がないにしても『呪い』と言える。

 あれだけ過剰に異性を触れないというのも、考えてみるとおかしい。

 それから、ジークハルトの急速な懐き具合だ。

 まるで親か、兄弟か、信頼する長年連れ添った教師を慕うように素直だ。聖女の体質のせいらしいと納得できた。


 あとは解除方法が見付かるのまで待つか――。

 と思っていたのだが、エリザはジークハルトの懐いていく度合いが、心配されるレベルまでぐんぐん上がっていっているのでは、と不安になってきた。

 聖女の浄化作用は『呪い』に対して効力を発揮すぎなのではないだろうか?

 フィサリウスと話をしたのは三日後、エリザはにこにこと笑っているジークハルトを前に、そんな心配を思ってしまう。

「今日の合同訓練で、マクガーレン隊長とちゃんと会議が成立しました」
「お疲れ様でした、ジークハルト様」

 ひとまず、いつものように頭を下げて迎える。