俺が久藤とファッション談義を始めてから数週間後。
 夏休みも近くなりそうな時期に差し掛かると、俺と久藤の仲がいいって噂が、クラスの中に広まり始めた。
 俺がそれに気づけたのは、昼休みに俺の席へやってきた栗原が、恨めしそうな顔でこう言ったからだ。

「堀河ぁ、最近久藤とデートしてるんだって?」
「は?」
「いつの間に仲良くなったんだよ、久藤と!!」
「デートなんて行ってないんだけど。なにそれどこ情報?」
「うそつけ! 放課後帰りに毎日のようにマック寄ってんの知ってんだぞこっちは! 目撃情報がちらほらあるんだぞ!」

 栗原が涙目になりながら「抜け駆けだ!」と続ける。

「おまえら付き合ってんだろ? 正直に言えよ!」
「はぁ? 冗談じゃない!」
「じゃあなんで放課後に会ってるんだよ?」
「それは……」

 俺が、久藤の憧れていた女装コスプレイヤーの《SuRuGa》だから──とはもちろん言えなかった。
 と、その時。

「──え、堀河くんって糸葉と付き合ってないの?」

 背後からいきなり聞こえてきた声に、パックのコーヒー牛乳を飲んでいた俺は中身を吹き出しそうになった。
 振り返ると、富澤が青い顔でこちらを見ていた。

「あれ、富澤って、久藤と食堂行ってたんじゃないのか?」
「私達、いつも二人でベッタリしてるわけじゃないから」

 俺の質問に、富澤は興味もなさげに……というか、機嫌悪そうに低く早口に返す。

「最近、糸葉が興奮して堀河くんとファッションがどうこうって嬉しそうに話してたのをよく聞いてた。だからてっきり付き合ってると思ってたんだけど、違うの?」
「いや、ぜんぜんそんなつもりは……」

 富澤が机に手を置いて、ただでさえ圧の強い美人顔を俺に寄せて、目元を赤らめながらにらんでくる。

「糸葉はたぶん、男子相手でこんなに好きって思える人が、初めてだと思うから。堀河くんがぜんぜんそんなつもりじゃないなら、困るの」
「困る? え、待って。久藤が、俺を──?」
「だめだよ。その気が無いのに思わせぶりな態度をしちゃ。付き合う気がないんなら、勘違いさせる前に糸葉にそう伝えてよ」

 この場が凍りつくんじゃないかって低い声で、富澤は俺に告げる。

「私の親友を傷つけるのは、許さないから」

 そう言って、富澤は満足したと言いたげにボブカットの髪を払い、席に戻った。

「なんなんだ、いったい」

 横にいた栗原が、富澤の態度にビビりながら俺に耳打ちしてくる。

「堀河さ、久藤をもてあそんでるって思われてるんじゃないの?」
「え!?」

 もてあそんでる!? 俺が久藤を!?

「おいおいおい……」

 俺は混乱して、昼休みが終わって授業に入っても、まるで内容が頭に入ってこなかった。
 この状況……もしかして、いやもしかしなくても、まずくないか?
 付き合ってるって、俺と、久藤が……ってことだよな? それってつまり、お互いに恋愛感情があると思われてるってこと?
 ……レンアイ、カンジョウ?

 俺は久藤に対してそんな感情は微塵もない。ただ、久藤相手になら自分を偽らずに好きなことをいつまでも喋っていられて、何時間一緒にいても飽きないというだけ。
 いわば久藤は、俺の同志みたいなもんで……。

「でも、もし久藤がそう思ってなかったら……?」

 あいつがもし、俺がただの憧れの《SuRuGa》としてじゃなくて、俺に恋愛感情を抱いているとしたら──。

「え……どうしよ」

 俺は久藤がイメージしているような憧れの人じゃない。《SuRuGa》じゃない時の『堀河駿』は、インスタ以外に自分を曝け出せないクローズドで臆病な女装男子だ。久藤とどうこうなりたいだなんて夢にも思わない。
 だけど、俺が久藤に恋愛感情がないことを正直に言ってしまたら、あいつを幻滅させるんじゃないか。

 久藤の前では、俺が渇望してできなかった《SuRuGa》としての話ができる。それどころか、女装の話だけじゃなくて、将来の話とか、これからどうしていきたいとか、そんな話がするりと口から出てきていた。
 なのに、恋人として付き合うつもりはないんだと久藤の勘違いを正して、あいつとの心地よい空間を壊してしてしまいたくない。

 じゃあたとえば、久藤に気持ちを確かめて、万が一「付き合いたい」と言われたら、とりあえずお試しで付き合ってみる……?
 そう考えた瞬間、富澤の怖い顔が頭に浮かんだ。親友を傷つけたら許さないって言葉は、多分マジだ。殺される。

 だめだ。やっぱり久藤相手にそんな不誠実なことは出来ない。
 富澤のことがなくたって、あいつは本当の俺を唯一尊重してくれたじゃないか……。
 久藤が俺のことを好きで、俺の思わせぶりな言動が勘違いを引き起こしているなら、早く正さないと。
 久藤のお陰で背中を押されて、《SuRuGa》でいる俺も、堀河駿としての俺も、ほんの少しだけ好きになることができた。久藤の前だけは本当の自分を隠さずにいられる。

 だったらもう、あいつを信じて俺の本当の気持ちを晒すしかない。〝おまえのことは同志として尊敬するけど、恋愛として好きとは違うんだ〟って──。

 俺は固く決意して、ジリジリと放課後を待った。