「……では、僕は質問が大好きなのでさっそく由那さんのことを聞いてもいいですか?」
「いいですよ。私に答えられることなら」
彼女はなにか知っている。でも、それを僕には話してはくれないだろう。あの時の由那さんのように、どこか子供っぽく隠し事をしているのだ。
「由那さんは、未城さんの前でも、死にたいと言っていたんですか?」
「……いいえ、私が聞いたのは死ぬ少し前に一度だけ。由那は、毎日楽しそうに日々を過ごしていましたから、驚きました」
「どんなふうに言っていたんですか」
そう問いかけると彼女は困ったような表情をしてから苦笑をした。
「“もう十分かな”って、前振りもなく言ったんです、由那は」
「……」
「……それで、死にたいなって。突然何を言い出すのかと、私は笑いました。……だって、女子高生ってよく、死んだ、とか、死にたい、っていうじゃないですか。由那にも何か嫌なことがあったんだろうな、くらいにしか思ってなかったんです」
彼女にとって、そこで由那さんに死にたい理由を聞かなかったのは痛い思い出なのだろう。だから、ひとつ話しては言葉が止まる、その繰り返しだ。
「その後、由那は水戸瀬さんの話をしました。……カフェで、ある男の子と出会ったんだって。自分の話を聞いてくれる、名前の知らない男の子……」
「そうだったんですね。……でもどうして、死にたいって言った後に僕の話をしたんでしょう?」
「……水戸瀬さんは、“死にたい私”を受け入れてくれるって言ってました。私にはそれが、救いに思えたし、残酷にも思えました」
彼女の話す意味が、よくわからなくなっていく。彼女が言うには僕が原因ではない。でも、死にたい由那さんを受けいれた僕は、救いでもあり、残酷な人でもあった。
僕はこのぐちゃぐちゃの思考回路をどうにかしようと、綺麗なラテアートをぐるぐるに混ぜて崩した。もう、これが癖になっているようだ。そしてそのまま一口飲む。話していたせいでぬるくなったカプチーノは、何だかいつもより苦く感じた。
「……僕は、救えてないので、残酷な人だったんでしょうね」
「水戸瀬さんを責めているわけではないんです。……ただ、由那と水戸瀬さんは、言葉では言い表せない特別な関係だったんじゃないかと、私はそこで思いました。いつ切れるかも分からない細い糸で繋がってるみたいな、そんな危うい関係……だって、名前すら知らなかったんでしょう?」
僕は小さく頷いた。当時の僕たちの関係に名前なんてない。友達だったのか、いや、名前も知らないのに友達だったわけがない。死にたい由那さんと、その話を聞き流す僕、ただそれだけ。なのに、学校で一緒に過ごす誰かとの時間よりも、由那さんと過ごす数十分が心地よかったのは確かだった。
「由那さんのことを知らなかったのは、罪なんでしょうか」
「……それは、私に聞くのは間違っていますよ。双子で家族で……それなのに私は由那のことを何も知らなかったんですから」
彼女は笑っていた。貼り付けたような笑顔だった。それは双子なのに自然に笑っていた由那さんとは似ても似つかないように感じる笑みだった。きっと悲しみを乗り越えられずにずっと生きているからだろう。
その日僕はそれ以上何も聞かずにカフェを出た。カプチーノはあまりにも苦く感じて飲めずに残してしまった。もう二度と、あんなカプチーノは飲みたくないと思った。
それから数日、雨が降らないを言い訳に僕はカフェに行かなかった。その変わり、由那さんの自殺について調べていた。狭い友人関係をなんとか使って当時の由那さんの親友の名前がわかった。あの、ニュースに出ていた子らしい。
その子に会うのは案外簡単だった。彼女は今、レンタル彼女というのを仕事にしているらしかったから。
女子に無縁の僕がそれを頼むのに数時間悩んだのは未城さんにだけは知られたくないと思った。
「ミトセさんですか?」
駅前のベンチで夕方18時に待ち合わせ。
当時の由那さんの《《親友》》、眞鍋果凛は僕の前に現れた。
「いいですよ。私に答えられることなら」
彼女はなにか知っている。でも、それを僕には話してはくれないだろう。あの時の由那さんのように、どこか子供っぽく隠し事をしているのだ。
「由那さんは、未城さんの前でも、死にたいと言っていたんですか?」
「……いいえ、私が聞いたのは死ぬ少し前に一度だけ。由那は、毎日楽しそうに日々を過ごしていましたから、驚きました」
「どんなふうに言っていたんですか」
そう問いかけると彼女は困ったような表情をしてから苦笑をした。
「“もう十分かな”って、前振りもなく言ったんです、由那は」
「……」
「……それで、死にたいなって。突然何を言い出すのかと、私は笑いました。……だって、女子高生ってよく、死んだ、とか、死にたい、っていうじゃないですか。由那にも何か嫌なことがあったんだろうな、くらいにしか思ってなかったんです」
彼女にとって、そこで由那さんに死にたい理由を聞かなかったのは痛い思い出なのだろう。だから、ひとつ話しては言葉が止まる、その繰り返しだ。
「その後、由那は水戸瀬さんの話をしました。……カフェで、ある男の子と出会ったんだって。自分の話を聞いてくれる、名前の知らない男の子……」
「そうだったんですね。……でもどうして、死にたいって言った後に僕の話をしたんでしょう?」
「……水戸瀬さんは、“死にたい私”を受け入れてくれるって言ってました。私にはそれが、救いに思えたし、残酷にも思えました」
彼女の話す意味が、よくわからなくなっていく。彼女が言うには僕が原因ではない。でも、死にたい由那さんを受けいれた僕は、救いでもあり、残酷な人でもあった。
僕はこのぐちゃぐちゃの思考回路をどうにかしようと、綺麗なラテアートをぐるぐるに混ぜて崩した。もう、これが癖になっているようだ。そしてそのまま一口飲む。話していたせいでぬるくなったカプチーノは、何だかいつもより苦く感じた。
「……僕は、救えてないので、残酷な人だったんでしょうね」
「水戸瀬さんを責めているわけではないんです。……ただ、由那と水戸瀬さんは、言葉では言い表せない特別な関係だったんじゃないかと、私はそこで思いました。いつ切れるかも分からない細い糸で繋がってるみたいな、そんな危うい関係……だって、名前すら知らなかったんでしょう?」
僕は小さく頷いた。当時の僕たちの関係に名前なんてない。友達だったのか、いや、名前も知らないのに友達だったわけがない。死にたい由那さんと、その話を聞き流す僕、ただそれだけ。なのに、学校で一緒に過ごす誰かとの時間よりも、由那さんと過ごす数十分が心地よかったのは確かだった。
「由那さんのことを知らなかったのは、罪なんでしょうか」
「……それは、私に聞くのは間違っていますよ。双子で家族で……それなのに私は由那のことを何も知らなかったんですから」
彼女は笑っていた。貼り付けたような笑顔だった。それは双子なのに自然に笑っていた由那さんとは似ても似つかないように感じる笑みだった。きっと悲しみを乗り越えられずにずっと生きているからだろう。
その日僕はそれ以上何も聞かずにカフェを出た。カプチーノはあまりにも苦く感じて飲めずに残してしまった。もう二度と、あんなカプチーノは飲みたくないと思った。
それから数日、雨が降らないを言い訳に僕はカフェに行かなかった。その変わり、由那さんの自殺について調べていた。狭い友人関係をなんとか使って当時の由那さんの親友の名前がわかった。あの、ニュースに出ていた子らしい。
その子に会うのは案外簡単だった。彼女は今、レンタル彼女というのを仕事にしているらしかったから。
女子に無縁の僕がそれを頼むのに数時間悩んだのは未城さんにだけは知られたくないと思った。
「ミトセさんですか?」
駅前のベンチで夕方18時に待ち合わせ。
当時の由那さんの《《親友》》、眞鍋果凛は僕の前に現れた。