「未城、由那……?」
僕はその名前を見えて驚いた。あまりにも、さっきの未城さんと名前が似ているから。決してありきたりな名前じゃない。こんな偶然、あっていいんだろうか。僕は急いでカフェに戻った。けれど、カフェはもう電気が消えていて、閉店していた。
確かめることはできず、僕は仕方なく帰った。
高校の時に会っていた彼女と、あの未城さんは、一体どんな関係なのだろう。思い出してみれば。未城さんと彼女は、どこか似ていたかもしれない。未城さんのことは何も知らないが、死んでしまったはずの由那の血縁か何かなのだろうか。
家に帰ってきて、パソコンを開き、由那の自殺について調べた。原因がわからなかったからか、推測で色々なことが書かれていた。いじめや恋愛関係のせいだとか、家族のせい、なんて、どれが本当なのかわからない。自殺だから、警察も調査はそんなにしなかったらしい。そうして調べていると、インタビューの動画が出てきた。気分のいいものじゃないから、再生ボタンを押すか悩んだが、ここまできて引き下がれるわけもなく、クリックした。
『由那、は……自殺するような子じゃないです。明るくて。みんなに好かれていました』
そう泣きながら答えたのは彼女の親友らしき人だ。顔は当時未成年だったからか映っていなくて、わからない。でも、死にたがりだった彼女は、確かに明るくて、人に好かれそうな性格だった。だから、ネットに書かれているような原因で死ぬような人じゃない、そう思う。
色々な情報が頭に入ってきて、今日はもう調べるのをやめた。
調べてから数日後、僕はあのカフェに行った。閉店時間の近い、客のいない時間にわざと行く。そうすれば彼女と話せるから。いつもの席に座って、カプチーノを頼んだ。
「水戸瀬さん、なんだか久しぶりですね」
「そうですか? 前は毎日のように来ていたからですかね」
「今日はラテアート、崩さないんですね」
未城さんが運んできてくれたラテアートを指差しながら言う。僕は、まあ、とそっけない返事をして彼女が僕の前の席に座るのを何も言わなかった。
「未城さん」
「はい」
「……未城由那さんをご存知ですか?」
そう言うと彼女は小さく笑って、はい、と言った。
「私の姉です。双子の」
「……じゃあ、僕のことを知っていたんですね」
「はい、知ってました。名前を知ったのは、この間ですけどね」
「由那さんに聞いてたんですか?」
「……水戸瀬さんは、質問が大好きですね。自分で考えたらどうですか?」
未城さんは楽しそうに笑って言った。その無邪気な笑みは双子だからか、由那さんにそっくりだった。僕はラテアートを崩さずに、彼女に言われた通り、自分で考えた。彼女は閉店時間も気にせずに、そんな僕を見ていつの間にか淹れたコーヒーを飲んで僕の答えを待っていた。カフェのマスターは僕らの様子を見て、何も言わずにただじっとしていていて、僕らの時間だけこのカフェで止まっているみたいだった。
「由那さんが死んだのは、僕が原因なんじゃないかと、どこかで思っていたんです」
「どうして?」
「僕は、彼女が、明日来て、と言ったのに、行かなかった。彼女は僕に話したいことがあったのに」
「……それだけで人が死ぬと思いますか。約束をしたわけでもないんでしょう?」
「そうですけど……どうして死んでしまったのか、知りたいんです。あの時からずっと、後悔していました。未城さんは、何か知っていますか? 知っているなら、教えて欲しいんです」
そう言うと彼女は飲んでいたコーヒーにさらに砂糖を入れて、それを一口飲んでから、小さくため息をついた。
「案外答えは単純なものだと思いますよ。この間も言ったでしょう? 思春期で不安定で、そう言うものなんじゃないんですか?」
「言ってましたね。由那さんの他人のふりをして僕の話を聞いてから」
「あれ、怒ってます?」
「いえ、別に。……でも、そんなんじゃないと思うんです。家族なら、そんなことで死なないってわかってるんじゃないんですか? 短い付き合いの僕でさえ、そう思うんですから」
未城さんは困った顔をしてまたコーヒーを飲む。彼女の表情を見て、何か知っているな、と思った。でも、きっと話したくはないのだろう。家族が死んだんだ、きっと嫌なはずだ。僕もこれ以上は踏み込めなかった。
僕は最初、僕のせいで姉が死んだから、近づいてきたのだと思った。でも、さっきの会話の反応を見るに、そうじゃないのだろう。
「……由那が死んだ原因、知って欲しいんです。だから、水戸瀬さんが、調べてください。私はそのサポートをします」
「知ってほしい? じゃあ、未城さんは知ってるんですか」
「双子なのに情けないんですが、詳しくは知らないんです。でも、由那は水戸瀬さんに話したがっていました。だからこのカフェに来てほしいと、頼んだんじゃないんですか? だから、水戸瀬さんが調べて、その原因を知ってほしいんです。私が知っていることは話しますから」
コーヒーカップを置いて、その丸い形を指先で撫でる。彼女がなんとなく嘘をついているのは、わかった。でも全てが嘘じゃない。半分以上は本当だろう。でも何か、どこか、大切な部分を隠されているような気がした。
「わかりました。ずっと後悔していましたし、貴女と会えたのもいいきっかけです。由那さんが死んでしまった原因を、僕なりに調べてみます。……まあ、一般人なので、できることは限られていると思いますが」
「ありがとうございます。水戸瀬さんなら、そう言ってくれると思ってました」
彼女は微笑む。由那さんにそっくりなその顔で。僕はその笑みを見て、胸が苦しくなった。
僕の、救えなかった笑顔だからだろうか。
僕はその名前を見えて驚いた。あまりにも、さっきの未城さんと名前が似ているから。決してありきたりな名前じゃない。こんな偶然、あっていいんだろうか。僕は急いでカフェに戻った。けれど、カフェはもう電気が消えていて、閉店していた。
確かめることはできず、僕は仕方なく帰った。
高校の時に会っていた彼女と、あの未城さんは、一体どんな関係なのだろう。思い出してみれば。未城さんと彼女は、どこか似ていたかもしれない。未城さんのことは何も知らないが、死んでしまったはずの由那の血縁か何かなのだろうか。
家に帰ってきて、パソコンを開き、由那の自殺について調べた。原因がわからなかったからか、推測で色々なことが書かれていた。いじめや恋愛関係のせいだとか、家族のせい、なんて、どれが本当なのかわからない。自殺だから、警察も調査はそんなにしなかったらしい。そうして調べていると、インタビューの動画が出てきた。気分のいいものじゃないから、再生ボタンを押すか悩んだが、ここまできて引き下がれるわけもなく、クリックした。
『由那、は……自殺するような子じゃないです。明るくて。みんなに好かれていました』
そう泣きながら答えたのは彼女の親友らしき人だ。顔は当時未成年だったからか映っていなくて、わからない。でも、死にたがりだった彼女は、確かに明るくて、人に好かれそうな性格だった。だから、ネットに書かれているような原因で死ぬような人じゃない、そう思う。
色々な情報が頭に入ってきて、今日はもう調べるのをやめた。
調べてから数日後、僕はあのカフェに行った。閉店時間の近い、客のいない時間にわざと行く。そうすれば彼女と話せるから。いつもの席に座って、カプチーノを頼んだ。
「水戸瀬さん、なんだか久しぶりですね」
「そうですか? 前は毎日のように来ていたからですかね」
「今日はラテアート、崩さないんですね」
未城さんが運んできてくれたラテアートを指差しながら言う。僕は、まあ、とそっけない返事をして彼女が僕の前の席に座るのを何も言わなかった。
「未城さん」
「はい」
「……未城由那さんをご存知ですか?」
そう言うと彼女は小さく笑って、はい、と言った。
「私の姉です。双子の」
「……じゃあ、僕のことを知っていたんですね」
「はい、知ってました。名前を知ったのは、この間ですけどね」
「由那さんに聞いてたんですか?」
「……水戸瀬さんは、質問が大好きですね。自分で考えたらどうですか?」
未城さんは楽しそうに笑って言った。その無邪気な笑みは双子だからか、由那さんにそっくりだった。僕はラテアートを崩さずに、彼女に言われた通り、自分で考えた。彼女は閉店時間も気にせずに、そんな僕を見ていつの間にか淹れたコーヒーを飲んで僕の答えを待っていた。カフェのマスターは僕らの様子を見て、何も言わずにただじっとしていていて、僕らの時間だけこのカフェで止まっているみたいだった。
「由那さんが死んだのは、僕が原因なんじゃないかと、どこかで思っていたんです」
「どうして?」
「僕は、彼女が、明日来て、と言ったのに、行かなかった。彼女は僕に話したいことがあったのに」
「……それだけで人が死ぬと思いますか。約束をしたわけでもないんでしょう?」
「そうですけど……どうして死んでしまったのか、知りたいんです。あの時からずっと、後悔していました。未城さんは、何か知っていますか? 知っているなら、教えて欲しいんです」
そう言うと彼女は飲んでいたコーヒーにさらに砂糖を入れて、それを一口飲んでから、小さくため息をついた。
「案外答えは単純なものだと思いますよ。この間も言ったでしょう? 思春期で不安定で、そう言うものなんじゃないんですか?」
「言ってましたね。由那さんの他人のふりをして僕の話を聞いてから」
「あれ、怒ってます?」
「いえ、別に。……でも、そんなんじゃないと思うんです。家族なら、そんなことで死なないってわかってるんじゃないんですか? 短い付き合いの僕でさえ、そう思うんですから」
未城さんは困った顔をしてまたコーヒーを飲む。彼女の表情を見て、何か知っているな、と思った。でも、きっと話したくはないのだろう。家族が死んだんだ、きっと嫌なはずだ。僕もこれ以上は踏み込めなかった。
僕は最初、僕のせいで姉が死んだから、近づいてきたのだと思った。でも、さっきの会話の反応を見るに、そうじゃないのだろう。
「……由那が死んだ原因、知って欲しいんです。だから、水戸瀬さんが、調べてください。私はそのサポートをします」
「知ってほしい? じゃあ、未城さんは知ってるんですか」
「双子なのに情けないんですが、詳しくは知らないんです。でも、由那は水戸瀬さんに話したがっていました。だからこのカフェに来てほしいと、頼んだんじゃないんですか? だから、水戸瀬さんが調べて、その原因を知ってほしいんです。私が知っていることは話しますから」
コーヒーカップを置いて、その丸い形を指先で撫でる。彼女がなんとなく嘘をついているのは、わかった。でも全てが嘘じゃない。半分以上は本当だろう。でも何か、どこか、大切な部分を隠されているような気がした。
「わかりました。ずっと後悔していましたし、貴女と会えたのもいいきっかけです。由那さんが死んでしまった原因を、僕なりに調べてみます。……まあ、一般人なので、できることは限られていると思いますが」
「ありがとうございます。水戸瀬さんなら、そう言ってくれると思ってました」
彼女は微笑む。由那さんにそっくりなその顔で。僕はその笑みを見て、胸が苦しくなった。
僕の、救えなかった笑顔だからだろうか。