「なんでいじめ……」
驚いてそう口に出すと、加賀屋は目を細め、懐かしむような顔をした。それはいい思い出話でもないはずなのに。
「果凛と別れたあと、その子とも別れた。その理由を聞かれた時、未城のせいだと俺が答えたからな」
バーのオシャレな音楽が聞こえなくなる。そのくらいこの話は僕にとっては驚きのあるものだった。
自分の二股のせいなのに、それを隠して由那さんのせいにしていたなんて。
「未城さんは、どんないじめを受けていたの」
友人、を取り繕うのがそろそろ辛い。こんなやつと親しいふりをするのは、もう二度としたくなかった。
「さぁな。でも、一回ひっぱたかれたのは知ってる」
果凛さんも、過去の話をした時に頬にガーゼを貼っていたと言っていた。きっと、叩かれたのはその時なのだろう。
「……その元カノって、誰だったっけ」
「なんでそんなに気にするんだよ」
笑いながらそう問いかけられると、言い訳が上手く思いつかず、なにか言おうとして開いた口を閉じた。
「……まぁ、別に教えてもいいんだけど」
奢りだしな、と加賀屋は笑ってスマホをいじり出した。それから、連絡先の画面を出してテーブルに置き、僕にそれを見せてくれた。
「坂口南帆今は確かアパレル系の仕事やってたかな。最後に会ったのは結構前だから、俺も連絡が取りにくいんだよ」
番号を控えさせてもらって、ありがとうとお礼を言った。色々話し込んでいたらグラスは空になっていて、これ以上飲んだら酔いが回ってしまう。そう思ってそろそろお開きにしようかと促した。
「俺はもう少しいる。まだ酔ってないしな」
「そう。じゃあまた」
椅子から降りて、奢り分の少し多めのお札を置いて立ち去ろうとすると、手首を捕まれ彼の方を振り返った。
「聞き忘れたことがあった」
そう言われ、手首を離されたから彼の方に向き直す。
「田中って探偵かなんかなの?」
「……どういう意味」
まるで面白いおもちゃを見つけたかのような表情に、僕は体が動かなくなった。
「いや、やたら未城のこと聞くし」
「それは……気になってたから」
動けないし、目線も逸らせない。
「……そもそもさ、田中って確かにうちの学年には数人いたけど」
やばい、と思ったとき、呼吸をしているのか分からなくなった。この場から逃げたいのに、逃げられない。
「俺、お前は知らないんだよね」
呼吸が戻ったと思ったのに、喉からヒュ、と嫌な音が鳴った。
バレていないと思ったのに、バレていて、僕は彼に見逃されていただけだったのだ。
「それに、録音もずっとしてるよな?」
全てわかった上で、僕と話をしていたのだ。彼は敵に回してはいけない人間だった。
「なぁ、お前本当は誰だ?」
僕はもう諦めて、また彼の隣に座り直した。回り始めたと思った酔いも覚めてしまった様だ。
「……本名は、水戸瀬。探偵では無いけど、君の言った通り、未城由那さんのことを調べてる」
素直にそう答え、録音アプリも彼の目の前で停止した。僕が騙していると思ったのに、彼に騙されていた。それがわかったから、もう僕の負けだ。
「水戸瀬、聞いたことねぇな。うちの学校じゃないだろ?」
「……まぁ、うん」
友人という仮面がなくなると、なんだか気まずい。でも、彼の態度は特に変わっていなかった。騙そうとしていたという後ろめたさから来る気まずさだろう。
「果凛が協力してたから、本当の今の彼氏なのか、探偵かなんかなのかと思ったけど、どっちもハズレか」
「……そうだね、どちらでもない」
別にいいんだけど、と笑う加賀屋。僕が嘘をついているのをわかっていたのに、彼は僕に情報を渡した。それは一体どういうことなのか。
「君は、どうして僕の嘘に付き合ってくれたの?」
僕は気になって、結局そう問いかけた。彼はきょとんとした後、また笑顔を見せた。
「気まぐれだ。未城のこと、俺がここまでしてやったんだからちゃんと調べろよ?」
最後の最後に、僕は彼の本当を見たような気がした。
今まで見せられていた嫌な男としての性格が彼の本当なのかもしれないが、他人の僕を警戒してその性格を演じていたのかもしれない。
そんなふうに思えるくらい、彼の笑顔は、幼く、純粋なものに見えた。
驚いてそう口に出すと、加賀屋は目を細め、懐かしむような顔をした。それはいい思い出話でもないはずなのに。
「果凛と別れたあと、その子とも別れた。その理由を聞かれた時、未城のせいだと俺が答えたからな」
バーのオシャレな音楽が聞こえなくなる。そのくらいこの話は僕にとっては驚きのあるものだった。
自分の二股のせいなのに、それを隠して由那さんのせいにしていたなんて。
「未城さんは、どんないじめを受けていたの」
友人、を取り繕うのがそろそろ辛い。こんなやつと親しいふりをするのは、もう二度としたくなかった。
「さぁな。でも、一回ひっぱたかれたのは知ってる」
果凛さんも、過去の話をした時に頬にガーゼを貼っていたと言っていた。きっと、叩かれたのはその時なのだろう。
「……その元カノって、誰だったっけ」
「なんでそんなに気にするんだよ」
笑いながらそう問いかけられると、言い訳が上手く思いつかず、なにか言おうとして開いた口を閉じた。
「……まぁ、別に教えてもいいんだけど」
奢りだしな、と加賀屋は笑ってスマホをいじり出した。それから、連絡先の画面を出してテーブルに置き、僕にそれを見せてくれた。
「坂口南帆今は確かアパレル系の仕事やってたかな。最後に会ったのは結構前だから、俺も連絡が取りにくいんだよ」
番号を控えさせてもらって、ありがとうとお礼を言った。色々話し込んでいたらグラスは空になっていて、これ以上飲んだら酔いが回ってしまう。そう思ってそろそろお開きにしようかと促した。
「俺はもう少しいる。まだ酔ってないしな」
「そう。じゃあまた」
椅子から降りて、奢り分の少し多めのお札を置いて立ち去ろうとすると、手首を捕まれ彼の方を振り返った。
「聞き忘れたことがあった」
そう言われ、手首を離されたから彼の方に向き直す。
「田中って探偵かなんかなの?」
「……どういう意味」
まるで面白いおもちゃを見つけたかのような表情に、僕は体が動かなくなった。
「いや、やたら未城のこと聞くし」
「それは……気になってたから」
動けないし、目線も逸らせない。
「……そもそもさ、田中って確かにうちの学年には数人いたけど」
やばい、と思ったとき、呼吸をしているのか分からなくなった。この場から逃げたいのに、逃げられない。
「俺、お前は知らないんだよね」
呼吸が戻ったと思ったのに、喉からヒュ、と嫌な音が鳴った。
バレていないと思ったのに、バレていて、僕は彼に見逃されていただけだったのだ。
「それに、録音もずっとしてるよな?」
全てわかった上で、僕と話をしていたのだ。彼は敵に回してはいけない人間だった。
「なぁ、お前本当は誰だ?」
僕はもう諦めて、また彼の隣に座り直した。回り始めたと思った酔いも覚めてしまった様だ。
「……本名は、水戸瀬。探偵では無いけど、君の言った通り、未城由那さんのことを調べてる」
素直にそう答え、録音アプリも彼の目の前で停止した。僕が騙していると思ったのに、彼に騙されていた。それがわかったから、もう僕の負けだ。
「水戸瀬、聞いたことねぇな。うちの学校じゃないだろ?」
「……まぁ、うん」
友人という仮面がなくなると、なんだか気まずい。でも、彼の態度は特に変わっていなかった。騙そうとしていたという後ろめたさから来る気まずさだろう。
「果凛が協力してたから、本当の今の彼氏なのか、探偵かなんかなのかと思ったけど、どっちもハズレか」
「……そうだね、どちらでもない」
別にいいんだけど、と笑う加賀屋。僕が嘘をついているのをわかっていたのに、彼は僕に情報を渡した。それは一体どういうことなのか。
「君は、どうして僕の嘘に付き合ってくれたの?」
僕は気になって、結局そう問いかけた。彼はきょとんとした後、また笑顔を見せた。
「気まぐれだ。未城のこと、俺がここまでしてやったんだからちゃんと調べろよ?」
最後の最後に、僕は彼の本当を見たような気がした。
今まで見せられていた嫌な男としての性格が彼の本当なのかもしれないが、他人の僕を警戒してその性格を演じていたのかもしれない。
そんなふうに思えるくらい、彼の笑顔は、幼く、純粋なものに見えた。